脚本の直し09 シナリオコンクール受賞作の脚本の直し5回目

嫌な奴でも八百屋は先生がお客さんなので、丁寧に喋るようにする。絵を主人公一人で完成させず失敗し孤立し絶望するようにする。迷惑かけたと父親が先生に謝る。補足するナレーションを追加。


多夏子N「私はいつも通り実家の八百屋を手伝っていた」

多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はキュウリが安いよ。どうですか?」

多夏子N「そして、いつも通りあいつが来た」

多夏子「あっ。お父さん、ちょっと頼むね」
友田「どうした、多夏子。ああ、あの客か。今日はキュウリが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   金田が早足で歩いて来る。

金田「いくら?」
友田「はい、百七十円です」
金田「昨日は二百十円、今日は百七十円。ということは、二割引きではなく、一割九部引きでしょ。二割引きであれば、百六十八円にしないといけない」
友田「そこまで誰も気にしてないですよ」
金田「あなたが先ほどから、おっしゃってるいつもというのは、いったい、いつのことなのでしょうか。もしかして二百十二円五十銭の時があったのでしょうか」
友田「そんなの無いよ。買わないんですか?」
金田「いつもの二割引きの百六十八円なら買う」
友田「じゃあ、それでいいですよ」
金田「はい、四百五十七円」
友田「またですか。いつもいつも変な払い方しないでくれますか」
金田「早く、お釣り」
友田「たまにはもっと買ってくれても」
金田「お釣り」
友田「そうだ、今日は大根も」
金田「お釣り」
友田「えーっと、はい、お釣り」
金田「二百九十九円か」
友田「何?」
金田「残念、今日は十円多い。十円返すよ」

   金田が早足で歩いていく。

友田「何だよ、あの野郎。やな客だな。毎日毎日、計算ミスを楽しみにしてやがる。客寄せの一番安いのしか買わねえし。嫌がらせか。いったい誰なんだよ、あいつは」
多夏子「お父さん」
友田「あっ、多夏子。もうあの客、いなくなったぞ」
多夏子「お父さん、さっきの誰か知らないの?」
友田「えっ、知ってるのか?」
多夏子「あれ、うちの先生だよ」
友田「今、何て言った?」
多夏子「さっきの人、うちの簿記の先生。凄い嫌な奴なの」

   タイトル『簿記の先生がうるさい』

   金田が黒板にチョークで書く。

多夏子N「うちの学校は女子商業高校で、私たちは二年生だ。恋愛もいじめも何も無くて、何となく過ごしていた」

金田「じゃあ、この問題、誰にやってもらおうかな。はい、あくびしてる友田」
多夏子「えっ」
金田「友田、聞いてなかったのか」
多夏子「すいません」
金田「ちゃんと授業聞いとかないとダメだぞ。お金の計算間違えると、客の信用、失うぞ。お前んちの八百屋は、よくお釣り間違えてるからな」
多夏子「ごめんなさい」
金田「就職して事務や経理になったら簿記が必要になるんだぞ。八百屋だって簿記の知識は必要なんだ。しっかり授業聞くように」
多夏子「はい」
金田「この問題は簡単だ。貸借対照表の借方と貸方は同じ金額になる。借方が百万円の場合、貸方も百万円だ。そう考えると……」

   学校のチャイム。

金田「時間だ。はい、今日はここまで」

   金田が早足で歩いていく。
   教室のドアが開いて閉じる。

多夏子「一秒も無駄な時間、使いたくないんだな」
ゆりか「徹底してるわ。授業の途中でも関係ないもんな」
多夏子「ほんとあいつの存在全て、むかつく」
ゆりか「まあまあ、落ち着いて」
エミ「ねえねえ、多夏子の班は修学旅行の自由行動どこに行くか決まったの?」
多夏子「えっ、もう決めたの?」
まこ「当たり前でしょ。もうすぐなんだから」
多夏子「どこに行くの?」
愛「内緒だよ、内緒内緒。ねー」
エミ「じゃあ、うちらは試験勉強あるから」

   エミたち歩いていく。

ゆりか「多夏子、うちらも早く決めなあかんなあ。帰りにいつものところで話そう」

多夏子N「私の親友のゆりか。いつも一緒にいて愚痴を聞いてくれる。私とゆりかは吉岡さんを誘って、ずっと喋っていても文句を言われない小さな喫茶店へ来ていた」

ゆりか「とりあえず、清水寺は外されへんわ」
多夏子「そうなの?」
ゆりか「清水の舞台、知ってるやろ。下、見てるときに、やめてよ、もう。押さんといてよ。落ちる落ちる、とかやりたいやん」
多夏子「何それ、楽しそう」
ゆりか「私も京都に住んでたから、よう連れてってもろたわ」
多夏子「自由行動で、そんなに回れるかな」
ゆりか「私、裏道知ってるから任せて」
多夏子「吉岡さんはどこ行きたい?」
吉岡さん「あの……私」

多夏子N「吉岡さんは修学旅行の同じ班になった大人しい転校生だ」

多夏子「吉岡さんって初めてよね、学校の行事に参加するの」
吉岡さん「ごめんなさい。私、すぐ体調悪くなっちゃうから」
多夏子「大丈夫、大丈夫」
吉岡さん「大文字」
多夏子「大丈夫?」
吉岡さん「あの、行きたいところ。大文字」
ゆりか「大文字か」
多夏子「何、それ?」
ゆりか「山に火つけて、燃やすんや。それが遠くから見たら、漢字の大きいって文字に見えるやつやん」
多夏子「おお、何か有名なやつ。それ見に行こう」
ゆりか「ごめん。大文字はお盆の時期しかやってないねん」
多夏子「えー、そうなの」
吉岡さん「そうなんだ。見たかったなあ」
多夏子「そんなに見たかったの?」
吉岡さん「私、京都で生まれたんだけど、すぐに引っ越しちゃって。全然記憶が無いから、生まれた土地の有名なところ全部見たかったなあ」
多夏子「そっか。吉岡さんって、何が好き?」
吉岡さん「あのー、怖い話」
ゆりか「吉岡さん、怖い話、好きなん?」
吉岡さん「私、引っ越してばかりで友達いなかったから、家に閉じこもって、友達出てこいって呪文唱えたりしてて。いろんなオカルト的なこと調べてるうちに、いつの間にか全国各地の怖い話はだいたい知ってて」
多夏子「こわっ」
吉岡さん「私のこと気持ち悪くない?」
多夏子「好きなんでしょ、いいじゃん別に。遠慮しなくてもいいよ、ねえ」
ゆりか「よっしゃ、吉岡さんの怪談ナイト開催決定や。どうしよう、寝られへんなあ」
多夏子「そうだ、パジャマ買いに行こう」
ゆりか「ええなあ、三人でお揃いのかわいいの買おうや」
多夏子「他の班の子は羨ましいやろうな」
ゆりか「京都のことなら何でも知ってる私もいるし。そうや、ガイド料、貰わなあかんわ。先生に払ってもらおう」
多夏子「あいつ、けっこういいスーツ着てるし、いっぱいお金持ってそう」
ゆりか「前から気になっててんけど、毎月ちょっとずつ豪華になってへん? 給料日のたびに自分へのご褒美って感じで買ってるのかな」
多夏子「最近はあんまり高いもん買ってなかったから、そろそろドーンと高いもん買いそう」

   金田が早足で歩いてくる。

店員「いらっしゃいませ、本日はどのような時計をお探しですか?」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「あのー、こちらなんて、いかがでしょうか」
金田「日本の職人が日本標準時子午線のある兵庫県明石市の名前を付けるほど、自信を持って作った腕時計」
店員「よく、御存じですね。アカシ・プラネタリウムは知ってますよ。とりあえず、こちらの新作も見て見ませんか」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「あっ、そうだ。ちょうど今日、入ったばかりの人気の」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「限定品の」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「分かりましたよ。予約キャンセルされて一本だけあります。どこでその情報を。はめてみますか?」
金田「はい」
店員「どうですか、はめてみた感じは? お似合いですよ。お買い上げになりますか?」
金田「いくら?」
店員「はい、お値段はこちらに」
金田「百万円以上するのか」
店員「いかがでしょうか」
金田「珍しい時計だから、この値段は妥当か」
店員「そうなんです。なかなか手に入り辛くなっておりまして」
金田「売ったとしても、プレミアがついて、逆に儲かることも考えられる」
店員「そうなんですよ。財産としても価値があります」
金田「じゃあ、これを」
店員「お買い上げ、ありがとうございます。お支払はカードですか」
金田「当然、現金で払う」
店員「ありがとうございます」
金田「カードで支払いを先延ばしにするなんてありえない。分割払いなんて、もっと意味が分からない。なんで同じ物をわざわざ高い値段を払って買うのか」
店員「現金を持ち歩くのも物騒ですし、ポイントも付きますから、最近はカードでお支払いをする人が多いですよ」
金田「ポイントが付くと言われても、ポイントに見合った商品なんて交換できたことがない。その分を値引きしてくれた方がいい」
店員「はい、そうですね。おっしゃる通りでございます」
金田「本当に良い時計だ。良い買い物をした」
店員「価値を分かる人に買ってもらえて嬉しいです」
金田「価値のない物に金をかけるのはバカだから」

多夏子N「私たち三人は、近所の激安スーパーへパジャマを買いに来た」

ゆりか「多夏子、もう、はよしてよ。ずっと待ってんねんで。吉岡さんも暇やんなあ」
吉岡さん「うん。あっ、でも、じっくり選んだ方が」
多夏子「欲しいのはこっち。でも、こっちは安いしなあ。この値段の差は大きいなあ」
吉岡さん「お金貸そうか」
多夏子「お金を借りてまでは欲しいと思ってないから」
ゆりか「なんなんそれ。分かった、私に任せて。ちょっと、店員さん」
店員「はい、お呼びでしょうか」
ゆりか「これ、ちょっと安なれへんかな」
店員「こちらはセール中の商品でして」
ゆりか「三着も買うねんで。気持ちだけ、安なれへんかな」
店員「そう言われましても」
多夏子「私が買わなかったら二着分の利益にしかならないよ。値引きしたら一着当たりの利益は減るけど、三着売った方が、お店の利益は多くなるんじゃないの」
ゆりか「なんか簿記の先生に似てきたなあ」
多夏子「辞めてよ、もう」
店員「すいません。これ以上の値引きは」
ゆりか「吉岡さん、こっち来て。この子なんて病弱やから、学校行事にずっと参加できへんかってんで。それがやっと参加できるようになって。ほら、ねえ、咳が、ねえ」
吉岡さん「ゴホッ、ゴホッ、ううっ」
多夏子「大丈夫? ここで死んで化けて出るとかやめてよ」
ゆりか「パジャマ買えんかっても、店員さん、恨んだらあかんで」
店員「分かりましたよ。ちょっとだけ安くしますから」
ゆりか「よっしゃー!」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「吉岡さん、今、笑った?」
吉岡さん「ううん」
ゆりか「私も見たよ、笑ってた」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「ほら、やっぱり笑ってる」
ゆりか「もう修学旅行まで待ってられへん。もう今日着よう。パジャマパーティーしようや」
多夏子「修学旅行のために買ったんでしょ」
吉岡さん「私、こんなの初めて、ありがとう」
多夏子「何、言ってんのよ、友達でしょ」
吉岡さん「うん」

多夏子N「吉岡さんのあんなに嬉しそうな顔、初めて見た。だけど、次の日、吉岡さんは学校に来なかった。心配になった私たちは昼休みに電話をした」

   電話に出る。

多夏子「あ、吉岡さん。昨日はごめんね、遅くまでつきあわせちゃって」
ゆりか「風邪ひいたんかいな?」
多夏子「えっ、どういうこと?」
ゆりか「どうしたん?」
多夏子「北海道? ……。修学旅行は? ……。そう、分かった」

   電話を切る。

ゆりか「何々、何があったん?」
多夏子「親の転勤で、来週には北海道に引っ越すって」
ゆりか「そんなん急すぎるやろ。もう学校来られへんの?」
多夏子「泣いてた。もう無理かも」
ゆりか「引っ越しの準備とかあるもんな」
多夏子「吉岡さんのあんなに嬉しそうな顔、見たことなかったし、何とかしなきゃ」
ゆりか「どうすんの?」
多夏子「一緒に京都に行くって約束したから。引っ越す前に三人で京都に行こう」
ゆりか「お金が必要やなあ」
多夏子「みんなにお金貸してもらおう」
ゆりか「でも、みんな貸してくれるかなあ」
多夏子「とにかく、やるしかないよ!」

多夏子N「私たちはクラスのみんなから、少しずつお金を借りることにした」

エミ「もう何でも言ってよ、水臭いなあ。みんな仲間でしょ。手伝えなくてごめんね」
多夏子「嬉しい、ありがとう」
まこ「ごめん、私これだけしかないや」
愛「おこづかい、ちょっとしかない」
ゆりか「いいよ、ありがとう」

多夏子N「クラスのみんなが協力してくれた」

ゆりか「意外と集まったなあ。でも、一人も京都に行かれへんな」
多夏子「安いバスなら一人ぐらいは」
ゆりか「一人で行ってどうすんねんな」
多夏子「全然、足りない」
ゆりか「しゃあないわ、うちの学校バイト禁止やし。集まったほうやで」
多夏子「うちらはお金ないし、どうする?」
ゆりか「うちのクラスでこんだけ集まったから、他のクラスにも行こう」
多夏子「よし、行ってみよう!」

   校内放送。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子N「職員室に呼び出された私たちは、こっぴどく怒られた」

金田「どうやって返すつもりだ? どんな契約になってるんだ? 年利、何パーセントで貸してもらったんだ? そもそも、借用書はかわしてるのか?」
多夏子「そんな難しいことは分からないけど、みんな友達だから、私たちに協力してくれたんです」
金田「お金を借りるっていうのは、どういうことか分かってるのか。何も考えてないなら、全額返しなさい」
ゆりか「私は辞めよう言うたんですよ」
多夏子「他のクラスにも借りに行こうって言ったのは、ゆりかでしょ」
金田「とにかく、旅行に行きたいなら、親にお金を出してもらいなさい」
多夏子「うち八百屋だし、貧乏だから、そんなお金無いです」
ゆりか「うちの親は関西人やし、お金にはシビアやから」
金田「じゃあ、もう諦めろ。さっさと帰れ」
ゆりか「先生、お願いします。吉岡さんと一緒に京都へ行きたいんです。来週には北海道に行ってしまうんです」
金田「何が言いたい?」
ゆりか「ほんのちょっと京都への旅費を貸していただければ」
多夏子「貸してくれるわけないでしょ」
ゆりか「たった三人分の旅費だけ貸していただけないでしょうか。先生はとてもお金持ちですよね。高そうな時計してますし」
金田「あっ、これは違うんだ」
ゆりか「最近、買ったでしょ。見てすぐ分かる。ええ時計やわ」
金田「まあな」
ゆりか「それいくらですか? 何百万もするんちゃいますか? ほら、多夏子も頼んで」
多夏子「えーと、お金は必ず返しますから」
金田「自分の力で稼いだことのない人間は、すぐに誰かに頼れば、お金を貸してくれると思っている」
多夏子「私、実家の手伝いでお金稼いだことあります」
金田「実家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事のうちに入らん。自分たちで何とかしなさい」
多夏子「分かりました。もう先生には頼みません」
金田「さっさと帰れ」

   職員室のドアが開く。

エミ「何々? 何があったの?」
多夏子「ちょっと怒られただけ。心配しないで、みんなに迷惑かけないから」

多夏子N「私はイライラして家に帰った」

多夏子「ただいま」
友田「おかえり、多夏子。そうだ、あの先生」
多夏子「簿記の先生? あいつの話はしないでよ。今日も嫌がらせされて」
友田「いや、それがあの先生のうち、金田酒店らしいんだ」
多夏子「で?」
友田「優しい親父がいてな。儲けなんて気にしないで凄い安い値段で売ってくれたから、お父さんもよく買いに行ってたよ」
多夏子「それで、生徒だから安く買ってこいって言うつもり?」
友田「もう潰れたよ。友情とか仲間に熱い人だったから、困ってる人はほっとけなかったんだろうなあ。借金の保証人になっちゃって。あの先生も若い頃、相当お金で苦労したんじゃないか。それであんな性格に」
多夏子「そんなの関係ない。生まれた時から、あんな性格なのよ」

多夏子N「先生にそんな過去があったなんて知らなかった。次の日、私たちは他の方法を考えていた」

多夏子「自分たちで何とかしなさいって言ってたよね。自分で稼ぐしかないよ」
ゆりか「働くつもり? 多夏子は八百屋の娘やからいいけど、私、自信ないし」
多夏子「大丈夫、私が教えるから二人でバイトしよう!」

多夏子N「私たちは、スーパーでバイトすることにした」

多夏子「今日は赤字覚悟の大謝恩セールだよ。ちょっとちょっと、そこのお姉さん」
女の客1「お姉さんだなんて、おばさんよ」
多夏子「ウソでしょ、同い年かと思ったわ」
女の客1「まあ、お上手ね」
多夏子「この服、最後の一枚なんです。凄い人気で、しかも安い。こんな値段で売ったら、うちの店、潰れてしまうんですけど、今日は特別サービスなんです。今、買わないと、すぐ誰かが買っちゃいますよ」
女の客1「じゃあ、買っちゃおうかな」
多夏子「はい、まいどあり」
ゆりか「ちょっと、そこのお姉さん。そう、そこの綺麗なお姉さん」
女の客2「私?」
ゆりか「これなんてピッタリと思うけど、服が着られたがってる」
女の客2「そうかなあ」
ゆりか「私、服の声を聴ける特殊能力がありまして、えっ、何々、美人に着てもらいたいって」
女の客2「それ、いただこうかしら」

多夏子N「私たちの話術で飛ぶように売れた」

多夏子「このペースなら、三人がバスで旅行に行けるぐらいは、すぐに貯まりそうね」
ゆりか「何をアホなこと言うてんの。新幹線で高級ホテルに泊まる贅沢旅行しようや。もう売って売って売りまくるで」

   校内放送。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子N「再び職員室に呼び出された私たちは、こっぴどく怒られた」

金田「バイトは禁止」
多夏子「お願いします。お金が貯まるまで」
金田「バイトは禁止」
多夏子「あとちょっとだけ、待ってもらえませんか」
金田「ダメだ。すぐにお金で解決しようとするな」
ゆりか「私は嫌だって言ったんですよ」
多夏子「何よ、ノリノリだったくせに」
金田「とにかくバイトは禁止。さっさと帰れ」

   職員室のドアが開く。

ゆりか「もう無理やわ。どっか近場で日帰り旅行しよっか」
多夏子「吉岡さんはどこでもいいって言うと思うよ。でも、吉岡さんが初めて自己主張したんだから、京都に行こうよ。京都の有名なところ全部見たいって言ってたじゃない。最後の望みぐらい叶えてあげようよ」
ゆりか「じゃあ、どうする?」
多夏子「だから、考えてるじゃない」
ゆりか「私、大学に行こうと思ってるから、あんまり先生と揉めたくない」
多夏子「そんなこと言わないでよ」
ゆりか「いいよね、多夏子は将来、八百屋になるって決まってるから自由にできて。私も八百屋に生まれれば良かったわ」
多夏子「私だって、好きで八百屋に生まれたわけじゃない。自分の将来を決めれることがどれだけ幸せか考えたことある?」
ゆりか「何よ、自分だけ不幸ぶって」
多夏子「だいたい、ゆりかがいけないのよ」
ゆりか「私?」
多夏子「みんなにお金貸してもらったときも、他のクラスに行くからバレちゃったし、バイトの時もお金貯まってたのに贅沢旅行しようなんて言い出すから」
ゆりか「あっ、そう。じゃあ、一人でやれば、私は将来のために資格の勉強もしたいし、多夏子みたいに暇じゃないから」

多夏子N「私は一人ぼっちになってしまった。そして、いつの間にか家に着いていた」

友田「おかえり、多夏子。どうしたんだ、そんな暗い顔して」
多夏子「何でも無い」
友田「帰って来るの待ってたんだよ。明日から南国フェアーを開催するんだ。ちょっと南国風の絵でも描いてくれよ」
多夏子「お父さんが描けばいいでしょ」
友田「多夏子の方が上手いだろ」
多夏子「うわっ、何これ。凄いにおい」
友田「ちょっと発注ミスで南国フルーツが山ほど届いたんだ。だから、店中に南国の絵を飾って、お客さんに南国気分を味わってもらう南国フェア―を」
多夏子「無理」
友田「倉庫にダンボールいっぱいあるから、それに絵を描いてくれよ、な、頼むよ。うちの店、潰れちゃってもいいのか」
多夏子「私だって、忙しいの!」

多夏子N「私は部屋に閉じこもった」

多夏子「みんな勝手なことばっかり言って。もうどうしたらいいのよ」

多夏子N「気が付くと、夜になっていた」

   友田がドアをノックする。

友田「おい、多夏子。もう夜だぞ。いつまで出てこないつもりだ。夜ご飯食べないのか」

   ドアが開く。

多夏子「うわっ、凄いにおい」
友田「美味しいぞ、南国フルーツ」
多夏子「いらない」
友田「いっぱいあるんだ。とにかく食べて」
多夏子「いいって」
友田「口開けて。ほら、美味しいだろ。まだまだあるからな」
多夏子「あのさあ、お父さん。私ってわがままかなあ」
友田「そうだな。行動力はあるけど、凄く不器用でネガティブで負けず嫌いで。でも、決めたことをやり抜くところだけは、お父さんに似ていいところだ」
多夏子「褒めてるの?」
友田「学校で何かあったのか?」
多夏子「ちょっと前までうちらの班は最強だったのに、いつの間にかバラバラになって、もうどうしていいか分からなくて。みんなで京都に行きたいだけなのに」
友田「ああ、修学旅行の話か。友達は大事にしろよ。お金にかえられないからな。うちはお金無いから、アイデアで勝負だ。まあ、喧嘩したら素直に自分から謝れ。正直に話せば、許してくれるよ」

多夏子N「次の日」

多夏子「おはよう」
友田「どうだ上手いだろ」
多夏子「お父さん。それ、南国の絵?」
友田「いっぱいあったら南国に見えるだろ」

多夏子N「そうか、絵だ。絵を描こう。京都に行けないなら、学校に京都の絵を飾って、京都気分を味あわせてあげよう。日曜日の夜だったら、学校に先生たちいないし。もうそれしかない。私一人でできることだけでもやらなきゃ!」

   電話に出る。

多夏子「吉岡さん。日曜の夜に学校に来てほしいの。……。うん、そう。……。無理かあ。……。来れたらでいいから無理しないで。……。あっ、パジャマ忘れないでね」

多夏子N「私はその日から、夜遅くまで絵を描き続けた」

友田「やっぱり多夏子は絵が上手いなあ。でも、もうちょっと南国感を出さないと」
多夏子「うるさいなあ。あっち行ってて」
友田「はいはい。さては、芸術に目覚めたな」
多夏子「(ため息)ダメだ。全然上手く描けない。ゆりかだったら、上手く描いてくれるのになあ。いや、ダメだダメだ」

   学校のチャイム。

エミ「ねえねえ、多夏子って、最近、授業中ずっと寝てない? ねえ、そう思わない?」
まこ「私も気付いてた。何かあったのかなあ」
愛「おかしいよ、おかしい。絶対、何かある」
エミ「ゆりか、何か聞いてない?」
ゆりか「さあね」
まこ「多夏子と喧嘩してるでしょ」
愛「喧嘩はダメ。みんな仲良くしなきゃ」

多夏子N「そして、金曜日になった」

金田「おい、友田。起きなさい」
多夏子「すみません」
金田「今日も居眠りか。将来、苦労したくなかったら勉強しなさい。簿記三級取って、三級の次は二級、二級の次は一級取れ。一級取っても他にもいっぱい資格あるからな。将来のことを考えて、勉強しなさい。友情とか青春なんてやってる暇ないぞ」
多夏子「先生、将来が大事ってことは分かってます。でも、私は将来よりも今が大事なんです。今が楽しくないのに将来が楽しいわけない。みんなで青春したいです」
金田「青春したいなら、何で商業高校に来たんだ」
ゆりか「先生、早く授業進めてください」
金田「ああ、そうだな」
ゆりか「早く授業終わって、私も青春したいです」
金田「はあ? 何を言って……」

   学校のチャイム。

金田「時間だ。はい、今日はここまで」

   金田が早足で歩いていく。
   教室のドアが開いて閉じる。

多夏子「ゆりか。ありがとう(泣く)」
ゆりか「何で泣いてるの?」
多夏子「ごめんなさい。私が間違ってた。やっぱり私一人じゃ無理だった(泣く)」
ゆりか「吉岡さんに電話したら言うてたよ。日曜日、どうしても行きたいって。何、企んでるか知らんけど、多夏子と一緒にいると、いっぱい問題起こって楽しいからなあ」
エミ「私も協力するよ。先生のあの言い方、何か許せない。ほんとに何なの、あいつ」
まこ「商業高校の私たちだって、青春できるってことを見せてやらなきゃね」
愛「やろう、やろう。みんなで青春しよう」

多夏子N「みんなが私の家に集まってくれた」

ゆりか「へー、学校を京都にねえ。じゃあ、私も京都のお寺とか描くの手伝うわ」
エミ「京都の音楽とかあった方が雰囲気出るんじゃない? 私、演奏しようか?」
まこ「京都料理もほしいなあ」
愛「じゃあ、私はでっかい建物とか作る」
ゆりか「みんな手分けして作業しよう」
多夏子「みんな、ありがとう」

多夏子N「作業は日曜日まで続いた」

   京都風の緩やかな音楽が流れるが、音程が外れてかなり下手。

多夏子「フフフ。まあ、雰囲気だからいいか。ゆりか、何枚描いた?」
ゆりか「三十六枚。多夏子は?」
多夏子「十九枚。もう腕が上がらない」
ゆりか「諦めずに、よくがんばったね」
多夏子「みんながいてくれたから」

多夏子N「私たちは教室を京都みたいに飾りつけした。その夜、ゆりかと私は吉岡さんが来るのを待っていた」

多夏子「あっ、来た!」

   吉岡さんが走る音。

吉岡さん「(息が切れて)はあ、はあ。ごめんなさい。親に気付かれないように抜け出すのに時間かかっちゃって」
多夏子「来てくれてありがとう」
ゆりか「さっ、早く行こう」

多夏子N「私たちは夜の学校に忍び込んだ」

多夏子「夜の学校って、真っ暗かと思ってたけど、意外と明るいのね」
吉岡さん「今日は満月だから」
多夏子「ああ、月明かりで明るいのか」
吉岡さん「満月の日は、何かが起こる予感がする。フフフ」
多夏子「怖いこと言わないで」
吉岡さん「あれっ、ゆりかさんがいない」
多夏子「ああ、ほんとね。先に行ったんじゃないかしら」
吉岡さん「もしかして、違う次元に飛ばされてしまったのかも」

   異次元のような不思議な音楽。

多夏子「えっ、そんなことないと思うよ」
吉岡さん「全部私のせいなんです。私のせいで、ゆりかさんが」
多夏子「ギヤー!」
ゆりか「私、私。多夏子が驚いてどうすんの」
多夏子「脅かさないでよ。なんで顔、真っ白に塗ってんのよ。肝試しじゃないんだから」
ゆりか「私がいつの間にか着替えて、吉岡さんを驚かすって計画でしょ」
吉岡さん「あっ、シャーマンだ」
ゆりか「シャーマンって何?」
吉岡さん「顔を真っ白に塗って、火の回りで踊って、雨よ降れって踊ったりする人」
ゆりか「いや、違うから。京都で顔白く塗ってるっていったら舞妓さんでしょ。ほら、ここは京都どすえ。さあ、中に入って」

   教室のドアを開ける。

吉岡さん「何これ、凄い」

多夏子N「教室に入ると、そこは京都だった。私たちが作った京都だった」

多夏子「これ、金閣寺。私が描いたの」
吉岡さん「へー、個性的なお寺だね」
ゆりか「私のも見て」
吉岡さん「京都って綺麗な街並みなんだね」
ゆりか「多夏子が滅茶苦茶に描くから、大きさバラバラだけど。金閣寺も変な形だし」
多夏子「何よ、ゆりかだって変な生き物とか奈良の大仏とか描いてたじゃない」

多夏子N「私たちは京都料理を食べたり、一通り京都を楽しんだ。そして、清水寺を3Dメガネで体験した」

吉岡さん「きゃっ、高い。押さないで。落ちる落ちる」

   三人は笑う。

ゆりか「吉岡さん、運動場に何かあるで」

多夏子N「クリスマスツリーのように木に電飾がつるされて、光っていた」

ゆりか「あれ何かの文字に見えへん?」
吉岡さん「大文字、大文字だ」
ゆりか「そうや、大文字。でっかいやろ」
吉岡さん「きれい」
多夏子「凄いね」
ゆりか「ほんまもんは、もっと凄いねんで」

多夏子N「私たちはパジャマに着替えて、はしゃぎまくった」

吉岡さん「その扉を開けようとすると」
多夏子「辞めてよ、もう怖い」
ゆりか「あーあーあー」
吉岡さん「誰もいないのに。足音が聞こえて」
多夏子「怖い」
ゆりか「本物や。やばい、マジなやつや」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ。その足音がどんどん迫ってきて振り返ると、そこには」
多夏子「ギャー」
ゆりか「辞めて、辞めて」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「何なの、何が面白いの」
ゆりか「怖がらせんといてよ」
吉岡さん「怖がり過ぎ」
多夏子「まさか吉岡さんがこんなに怖い話、持ってるなんて」
ゆりか「もう嫌や、寝られへん」
吉岡さん「まだまだいっぱい怖い話、知ってるよ。あーあ、もっと早く仲良くなってたら、いっぱい話せたのになあ」
多夏子「吉岡さん」
ゆりか「もう、急にそんなこと言わんといてよ。もうアホやなあ(泣く)」
多夏子「ちょっと、ゆりか。泣かないって約束じゃない」
吉岡さん「全部、私のせいなんです(泣く)」
多夏子「ちょっと吉岡さんまで泣かないでよ。みんな泣いちゃったら、私まで(泣く)」
ゆりか「今日は朝まで語り明かそう。恋バナとかしようや。好きな人とかいる? ねえ、吉岡さんは何の話がしたい?」
吉岡さん「じゃあ、さっきの続きなんだけど」
ゆりか「何の話?」
吉岡さん「足音が近づいてきて」
多夏子「ええーっ、まだ怖い話、続けるの?」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ」
ゆりか「あかん、スイッチが入ってしもて、もう誰にも止められへん」
吉岡さん「振り返ると、そこには」

   バチッと大きな火花が散る。

多夏子「(同時に)ギヤー!」
ゆりか「(同時に)キャー!」
吉岡さん「あれっ、外が明るい。見て、あれ」
多夏子「何?」
ゆりか「大変や!」

多夏子N「運動場で大文字に使った木が燃えていた。私たちは急いで運動場へ向かった」

ゆりか「私、誰か呼んでくる」
多夏子「じゃあ、私たちは水、探す」

   三人が走る。

多夏子「水、水、水。あった、ホース。私が水かけるから、吉岡さんは合図したら、思い切り蛇口ひねって」
吉岡さん「うん、分かった」
多夏子「吉岡さん」

   水道から水が噴き出す。

吉岡さん「キャー」
多夏子「どうしたの?」
吉岡さん「蛇口取れて、水が止まらない」
多夏子「あっ、ちょっと待って。消火器があった。どうやって使うんだろ。もう力ずくで。えいっ。ああ、腕に力が入らない」

   消火器がそこらじゅうに噴射する。

吉岡さん「キャー、ゴホゴホ」
多夏子「ごめん、真っ白で何も見えない」

   ゆりかがフラフラに走る。

ゆりか「はあ、はあ。誰かー、誰かいませんか。あっ、助けてください」
男「出たー、白いおばけー」

   木が燃えている。

吉岡さん「うわあ、凄い勢いで燃えてる。こんな時に言うのもおかしいけど、綺麗ね」
多夏子「吉岡さん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。校舎に燃え移っちゃう」

   ゆりかがフラフラに走る。

ゆりか「あかんわ。誰も話、聞いてくれへん」
吉岡さん「顔を真っ白に塗ったシャーマン」
ゆりか「シャーマンじゃないってば」
吉岡さん「私たちも消火器で顔が真っ白。シャーマンと大きな炎、そして満月。雨乞いの条件が揃った! 私に任せて。私の真似して一緒に踊って」

多夏子N「私たちは言われるままに一緒に変な踊りを踊った」

   ポタ、ポタと雨が降る。

多夏子「あっ、雨?」
ゆりか「ほんまや、雨降ってきた」
多夏子「どうなってんの?」
吉岡さん「だって、今日は満月でしょ。何が起こっても不思議じゃないから」

   土砂降りの雨。

多夏子N「それから数日後」

   多夏子の派手な着信音のスマホが鳴る。

多夏子「(眠そうに)もしもし」
ゆりか「もしもし、多夏子」
多夏子「(あくび)ゆりか? どうしたの?」
ゆりか「暇過ぎて死にそうやわ」
多夏子「えっ、もうこんな時間か。朝ご飯食べてないや」
ゆりか「自宅謹慎っていったい、いつまでなんやろうね」
多夏子「うちらはしょうがないけど、吉岡さんにまで迷惑かけちゃったね」
ゆりか「それにしても、不思議な子やったわ」
多夏子「最後に三人で変な踊り踊れて良かったね。よく分からんけど、楽しかったなあ。いい思い出できた」
ゆりか「あれが最後の思い出になるなんてなあ。あっ、ちょっと待って。また電話する」
多夏子「うん、分かった、じゃあね」

多夏子N「私たちは無期限の自宅謹慎と言われ、家に閉じこもっていた」

   多夏子の派手な着信音のスマホが鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。うわっ、先生。あの、ご無沙汰してます」

多夏子N「またもや職員室に呼び出された私たちは、こっぴどく怒られた」

多夏子「ごめんなさい」
ゆりか「働いて弁償しますから」
金田「バイトは禁止と、何回言ったら分かるんだ。修理費用の内訳が出たから。えーと、壁が黒くなって塗り替えなきゃいけないから、ペンキ代五万円。それから……」

多夏子N「紙いっぱいにびっしりと修理代金が書かれていた」

金田「あとは細かい修繕費が三万八千円。合計で百万円」
多夏子「えー、百万円だなんて」
ゆりか「返せないわ、そんな大金」
金田「これは正規の値段だ」
多夏子「どういうこと?」
金田「百万円と言われて、そのまま何の疑いも無く払うなんてバカだ。お金の価値を分かってない。本当にそんな値段がするのかちょっと調べれば本当の値段が分かる。学校指定の業者ではなく、もっと安い業者を探して、ライバル会社と競わせて、先生だったら七十万にするぞ」
多夏子「私たちがそんなことできるわけないでしょ」
金田「一番金がかかるのが人件費だ」
多夏子「手伝いたいですけど、謹慎中だから」
金田「謹慎は、もう終わりだ」
多夏子「えっ、いいんですか? 何でそんなに早いの?」
ゆりか「やったー、やっと学校に来れる」
金田「これ見て見ろ」
多夏子「いっぱい名前、書いてるけど」
金田「お前らの自宅謹慎を取り消してほしいという署名だ。読むぞ」
まこの声「二人を許してください。私も協力したので、私も自宅謹慎にしてください」
愛の声「みんなで一つの目標に向かえて嬉しかった。このクラスにいて良かった」
エミの声「青春って感じがして楽しかった。もっとみんなと青春がしたい」

多夏子N「クラス全員の署名が集まっていた」

金田「全員、修理を手伝ってくれるそうだ」
多夏子「ほんとに?」
ゆりか「みんなにお礼言わな」
金田「これ、何か分かるか?」
多夏子「何ですか、これ?」
金田「授業、聞いてないな」
ゆりか「これ、簿記の何とかっていうやつ」
金田「貸借対照表」
多夏子「ここで授業ですか?」
金田「修理代、百万円」
ゆりか「ちょっと待って、これ何?」
多夏子「友情、百万円?」
金田「借方と貸方は一緒の金額にしないといけない」
多夏子「どうなってんの?」
金田「さっさと帰れ」
多夏子「どういうことですか」
ゆりか「払わなくていいの?」
金田「計算したらこうなっただけだ。さっさと帰れ」
多夏子「先生ありがとう。でも、お金は誰かが払わないと」
ゆりか「先生、時計!」
多夏子「ほんとだ、高そうな時計してたはずなのに」
ゆりか「先生、時計、売ったの?」
金田「プレミアが付いて、買った時より高くなったから、売っただけだ」
ゆりか「ありがとう」
多夏子「絶対、お金は返しますから」
金田「さっさと帰れ」

多夏子N「私たちはやっと学校に来れるようになった。でも、吉岡さんはもういない。吉岡さんから学校に手紙が届いていた」

金田「みなさんには、大変お世話になりました。父の仕事で……」
吉岡さんの声「父の仕事で北海道に行く予定でしたが、急に場所が変更になりまして、私は今、京都にいます」

   生徒たちザワザワする。

吉岡さんの声「生で見るお寺は、みんな凄い迫力です。金閣寺も清水寺も。他にも素敵なところがいっぱいあります。早く見に来てほしいです。そして、またみなさんに会いたいです」
ゆりか「どうなってんの?」
多夏子「京都って」
吉岡さんの声「あの日、怖い話が途中までしかできなかったので、続きをお話ししたいです。また、京都にもいろんな怖い話がありまして、そちらの方も、みなさんに披露させていただきたいです。また会える日を楽しみにしています」
ゆりか「怖い怖い」
多夏子「そういう人だったんだね」
吉岡さんの声「P.S.大文字の映像を見たのですが、ちょっと迫力が足りなかったかな。やっぱり大文字はもっと勢いよく燃えないとね」

   生徒たち笑う。

多夏子N「私は先生に立て替えてもらったお金を返そうと、実家の八百屋を手伝っていた」

多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はニンジンが安いよ。どうですか?」

多夏子N「そして、いつも通り先生が来た」

多夏子「お父さん、ちょっと頼むね」
友田「ああ、あの先生か。任せとけ」
多夏子「あっ、やっぱり私が接客する」
友田「大丈夫か?」
多夏子「今日はニンジンが安いよ、いつもの二割引き、いや二割五分引きだよ」

   金田が早足で歩いてくる。

友田「先生、すいませんね。娘が迷惑かけたみたいで」
金田「いくら?」
多夏子「あっ、百三十五円です」
金田「昨日は百八十円、今日は百三十五円か。二割五分引き、あってる」
多夏子「先生、ごめんなさい。バイトは禁止だって分かってるんです。でも、どうしても働いてお金を返したくて」
友田「バイトじゃない。家の手伝いだよ」
金田「前にも言ったけど、家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事とは認めん」
友田「何がぬるいだ、この野郎」
金田「こんなのバイトのうちに入らない」
多夏子「えっ、じゃあ、いいんですか」
金田「ニンジンもらおうか」
多夏子「はい、ありがとうございます」
金田「はい、三百三十四円」
多夏子「えーっと」
金田「早く、お釣り」
多夏子「はい、お釣り」
金田「百九十九円か」
多夏子「間違ってますか?」
金田「あってる」
多夏子「お買い上げ、ありがとうございます」
友田「どうだい、うちの子は頭いいんだぞ」
金田「いつもより売り上げが増えてるはずだ。その子のおかげなんだから、その分、多く給料を払うんだね」
友田「腹立つなあ」
多夏子「お父さん、あとは私がやるから休んどいて」
友田「何だよ、もう勝手にしろ。じゃあ、お父さん、出かけてくるから後は頼んだぞ」

   友田が歩いていく。

多夏子「先生、ごめんなさい」
金田「ちゃんと給料は計算するように」
多夏子「はい」
金田「で、今どれぐらい稼いだ?」
多夏子「まだほとんど貯まってないです」
金田「はあ? どういうことだ。さぼってるんじゃないだろうな」
多夏子「がんばって働いてます」
金田「借用書、持ってきたから、後でサインしてくれ」
多夏子「えっ、利子とか取るの?」
金田「えっ、何で取らないと思った?」
多夏子「分かりました。がんばって返します」
金田「いいか、お金を儲けるには、一分一秒も無駄にしてはいけない」
多夏子「はい、分かってます」
金田「ほら、こうやってる間も、どうやってお客さんを増やすか考えてるか」
多夏子「はい、考えてます」
金田「ああ、その動作が無駄だ。もっと素早く動く。違う違う」
多夏子「もう分かったから」
金田「あーあ、ダメだなあ。もう何やってるんだよ、まったく」
多夏子「分かってるってば」
金田「しょうがない、今日は納得するまで教えてやろう」
多夏子「もういい加減にしてよ。うるさい、うるさい、うるさい」
金田「誰に言ってるんだ?」
多夏子「誰かー。簿記の先生がうるさーい」
                 おわり
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