脚本の直し04 シナリオコンクール応募のラジオドラマ脚本

テレビ用53枚をラジオ用51枚にしてラジオのコンクールに応募したものです。結果は佳作受賞。審査員の意見はタイトルは素晴らしい、内容は物足りないという感じでした。

見た目で分かりやすくするために、セリフの名前を美冬から吉岡さんにした。ラジオで分かりづらいシーンや動きを大幅に削除したので内容が薄くなった。規定枚数に全然足りないので、会話を無駄に多くしたが、それでも枚数不足。


 あらすじ
 女子商業高校の簿記の先生をしている金田伸司(36)はお金にうるさいので有名。頑張っても頑張らなくても給料は変わらないので授業に熱心ではない。価値のない物に金をかけるのはバカが持論だ。
 八百屋の娘の友田多夏子(17)たちは間近に迫った修学旅行が気になって授業も聞かず話してばかり。
 同じ班の吉岡美冬(17)も修学旅行に行けると喜んでいたが、親の仕事で引っ越すことになる。修学旅行には間に合わず一週間以内にいなくなってしまう。
 多夏子は美冬が引っ越す前に京都へ行こうと提案する。京都出身の平安ゆりか(17)と一緒に三人で京都へ行くために禁止されているバイトをしたり奮闘するが、校長の娘の山口麻由香(17)に告げ口されうまくいかない。
 多夏子は金田にお金を借りようとするが、お金より努力とか友情が大事と怒られる。
 職員の研修旅行で先生たちがいなくなる日に学校を京都のように飾りつけをして京都気分を味あわせようと考える。
 学校のいろんなクラブや研究会の助けもあり、夜中の学校に京都を再現する。京都の料理が次々と出てくる。最後に運動場の木に電飾を付けて大文字を再現するが、木が燃えて火事になった。
 多夏子とゆりかは自宅謹慎になり、金田は簿記の貸借対照表を二人に見せる。燃えた木や焦げた校舎の弁償費用がびっしりと書かれ、合計は百万円になっていた。しかし、その横に友情百万円と書かれ、合計金額0円になっていた。
 多夏子は金田にお金を返すために八百屋の手伝いをする。金田は実家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事と認めないとバイトを許し、野菜を買って帰る。


 登場人物
金田伸司(36)
友田多夏子(18)高校生
平安ゆりか(17)高校生
吉岡美冬(17)
山口麻由香(17)高校生

友田勝次(45)
店員


友田「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はキュウリが安いよ。どうですか?」

   早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる足音。

友田「今日はキュウリが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   早足で歩いてくる音。

友田「いらっしゃい」
金田「昨日は二百十円、今日は百七十円。ということは、二割引ではなく一割九部引きでしょ」
友田「なんだよ、またあんたかよ」
金田「二割引であれば百六十八円にしないといけない」
友田「そんなのだいたいでいいだろ、誰も気にしてないよ」
金田「あなたが先ほどからおっしゃってるいつもというのは、いったいいつのことなのでしょうか。もしかして二百十二円五十銭の時があったのでしょうか」
友田「無い無いそんな値段。買うの買わないの」
金田「いつもの二割引の百六十八円なら買いましょう」
友田「もう分かったよ。それでいい。はい、キュウリ」
金田「はい、一万円」
友田「何だよ、細かいのは無いのかね。そんなにお金あるんなら、たまにはもっと買ったら?」
金田「お釣り」
友田「そうだ、今日は大根も」
金田「お釣り」
友田「分かったよ。はい、お釣り」
金田「123456789、123456789、123456789」
友田「ちゃんと合ってるよ。いちいち何回も確認しないでよ」
金田「九千八百三十二円」

   早足で歩いていく音。

友田「やな客だな。毎日計算ミスを指摘しやがる。一番安いのだけしか買わねえし。嫌がらせか」
多夏子の声「あれ、うちの先生だよ」
友田「は?」
多夏子「うちの簿記の先生」

   学校のチャイムの音。
   学生が騒いでいる。

金田「はい、授業始めます。今日は前回の続きの……」
ゆりか「簿記の授業ってほんと退屈やわ。なあ、多夏子」
多夏子「ゆりかは真面目に授業聞いたことないじゃん」
ゆりか「なあ、ここどう?」
多夏子「おっ、いいねえ」
ゆりか「金閣寺行くやろ」
多夏子「行く行く」
ゆりか「金閣寺行ったら銀閣寺も当然行かなあかんし」
多夏子「行こう」
ゆりか「そこまで行ったらついでに清水寺も行かんとな」
多夏子「さっきから、寺ばっかりなんですけど」
ゆりか「あかん、あかん。清水寺は外されへんわ」
多夏子「そうかな」
ゆりか「清水の舞台知ってるやろ」
多夏子「ああ」
ゆりか「あの舞台で下見てるときに、やめてよ、もう。押さんといてよ。落ちる落ちるとかやりたいやん」
多夏子「何それ、楽しそう」
ゆりか「そやろ、そやろ。京都出身のわたしに任せといたらええねん」
多夏子「自由行動でそんなに回れるかな」
ゆりか「大丈夫、わたし裏道知ってるから任せなさい」
多夏子「ねえねえ、吉岡さん」
吉岡さん「あっ、わたし?」
多夏子「吉岡さんはどこか行きたいとこないの?」
吉岡さん「えっ」
多夏子「修学旅行」
吉岡さん「ああ」
多夏子「京都、京都」
吉岡さん「あの……わたし」
多夏子「えっ、もしかして修学旅行も休んじゃうの?」
吉岡さん「行くよ」
多夏子「良かった。初めてよね、学校の行事に参加するの」
吉岡さん「ごめんなさい。わたしすぐ体調悪くなっちゃうから」
多夏子「大丈夫、大丈夫」
吉岡さん「大文字」
多夏子「大丈夫?」
吉岡さん「あの、行きたいところ。大文字」
ゆりか「大文字か」
多夏子「何、それ?」
ゆりか「山に火つけて、燃やすんや。それが遠くから見たら、漢字の大の文字に見えるやつやん」
多夏子「おお、なんか有名なやつ。それ見に行こう」
ゆりか「ごめん。大文字はお盆の時期しかやってないねん」
多夏子「ええ、そうなの」
吉岡さん「そうなんだ。見たかったなあ」
金田「……といいます。そして、借りた分と貸した分は差し引き0にしないといけません。そして……」
ゆりか「八ツ橋めっちゃおいしいのに、知らんの?」
吉岡さん「食べたい」
ゆりか「おみやげにいっぱいこうて帰り、ほんまにみんな喜ぶから」
吉岡さん「うん」
多夏子「そうだ、今日さあ。パジャマ買いに行こう」
ゆりか「ええなあ、お揃いのかわいいの買おうや」
多夏子「吉岡さんも」
吉岡さん「いいの?」
多夏子「当たり前でしょ、同じ班なんだから一緒に寝るのよ」
ゆりか「夜は枕投げして、怖い話して寝かさへんからな」
多夏子「やめてよ」
吉岡さん「楽しみ」
ゆりか「もしかして怖い話いっぱい知ってんのちゃうの?」
吉岡さん「うちの親、転勤が多くて引っ越してばっかりだから、全国各地の怖い話はだいたい知ってて」
多夏子「こわっ」
ゆりか「よっしゃ、吉岡さんの怪談ナイト開催決定や」
多夏子「やっぱりうちらの班は最強チームやな」
ゆりか「京都のことなら何でも知ってるわたしがいるからな。ガイド料もらわなあかんわ」
吉岡さん「舞妓さん」
多夏子「ん?」
ゆりか「舞妓さんに会いたいの?」
吉岡さん「うん」
ゆりか「いるいる、いっぱいおるから」
多夏子「そんなに」
ゆりか「一緒に写真も撮ってくれるから、ええ記念になるで」
金田「……修理などを行ったため、これは修繕費になります。では、ここは……」
ゆりか「芸者遊びはこう」
多夏子「何それ、変な踊り踊らないでよ。ふふふ、面白い。わたしもやりたい」
金田「じゃあ借方が百万円の場合、貸方はいくらになるでしょうか」
多夏子「芸者遊び、楽しい」
金田「はい、友田」
多夏子「えっ」
金田「友田、聞いてなかったのか」
多夏子「すいません」
金田「ちゃんと聞いとかないとダメだぞ。お金の計算間違えると客の信用、失うぞ」
多夏子「はい」
金田「お前んちの八百屋もいっつも計算間違ってるぞ」

   生徒たち笑う。

金田「じゃあ、山口に答えてもらおうかな。借方と貸方は同じ金額になります。借方が百万円の場合、貸方はいくらになるでしょうか」
山口「百万円です」
金田「はい、正解。借方と貸方は同じ金額になりますね。素晴らしい。はい、拍手」

   生徒たち拍手。

多夏子「むかつくわー」
ゆりか「しゃあないやん」
多夏子「またひいきして」
ゆりか「校長の娘やから」
多夏子「先輩に聞いたんだけどさあ、あいつ適当に授業しても真面目に授業しても同じ給料だから適当にやってるんだって」
ゆりか「まあそのおかげで授業中に喋ってても注意されへんし」
多夏子「最近、うちの店にもよく来るんだって」
ゆりか「そうなん」
多夏子「それで客引きのための安い野菜だけ買って帰るんだって」
ゆりか「ひどいなあ」
多夏子「値段に文句言った後に値引きさせて毎回一万円札で払うんだって」
ゆりか「うわー、やりそう」
多夏子「嫌がらせよ。いつか営業妨害で訴えてやる」
ゆりか「いっぱい慰謝料もらおう」
多夏子「けっこう良いスーツ着てるし、金持ちっぽいよね」
ゆりか「前から気になっててんけど、毎月、ちょっとずつ豪華になってへん?」
多夏子「給料日のたびに自分へのご褒美って感じで買ってるのかな」
ゆりか「ここ数か月はあんまり高いもん付けてなかったから、そろそろドーンと高いもん買いそう」
多夏子「まさかお金に細かい簿記の先生がそんなことしないわ」

   車がとまる音。
   早足で歩いてくる音。

店員「いらっしゃいませ、どんな時計をお探しですか?」
金田「いいのある?」
店員「こちらなんて、いかがでしょうか」
金田「いいねえ」
店員「はめてみますか?」
金田「はい」
店員「どうですか、はめてみた感じは?」
金田「なるほど」
店員「お似合いですよ」
金田「……そうだなあ」
店員「あのー」
金田「いくら?」
店員「はい、お値段はこちらに」
金田「百万円以上するのか」
店員「いかがでしょうか」
金田「……うーん」
店員「新作ですので、まだ付けてる方も限られますし」
金田「新作か」
店員「はい、発売されたばかりで」
金田「新作ということを考慮すればこの値段は妥当か」
店員「そうなんです。なかなか手に入り辛くなっておりまして」
金田「……うーん」
店員「それに限定品ですので、ナンバリングされてまして、当店では最後の一本なんです」
金田「気に入らなくて売ったとしても、限定品でプレミアがついて、逆に儲かることも考えられる」
店員「そうなんですよ。財産としても価値があります」
金田「じゃあ、これで」
店員「ありがとうございます。お支払はカードですか」
金田「いや、現金で払う」
店員「ありがとうございます。全額現金だなんて」
金田「カードで支払いを先延ばしにするなんてありえない。分割払いなんてもっと意味が分からない。なんで同じ物をわざわざ高い値段を払って買うのか」
店員「現金を持ち歩くのも物騒ですし、ポイントも付きますから、最近はカードでお支払いをする人が多いですね」
金田「ポイントが付くとか言われても、ポイントに見合った商品なんて交換できたことがない。その分を値引きしてくれた方がいい」
店員「はい、そうですね。おっしゃる通りでございます」
金田「ほんとに良い時計だ。良い買い物をした」
店員「価値を分かる人に買ってもらえて嬉しいです」
金田「価値のない物に金をかけるのはバカですから」

   スーパー。

多夏子の声「わたしたち三人は、約束通り学校の帰りにパジャマを買いに来た」

店内放送「ただ今より、タイムセールを行います」
ゆりか「よっしゃ、来たでタイムセール、多夏子行くよ」
多夏子「おう」
ゆりか「吉岡さんも遠慮したあかんで」
吉岡さん「うん」

   走る音。

ゆりか「吉岡さん、それかわいいやん」
吉岡さん「ありがとう」
ゆりか「多夏子はまだ悩んでんの? もう、はよしてよ、ずっと待ってんねんで。吉岡さんも暇やんなあ」
吉岡さん「うん」
多夏子「欲しいのはこっち。でも、こっちの方が安いしなあ。この値段の差は大きいなあ」
吉岡さん「お金貸そうか」
多夏子「お金を借りてまでは欲しいと思ってないから」
ゆりか「なんなんそれ。分かった、わたしに任せて。ちょっと店員さん」
店員「はい、お呼びでしょうか」
ゆりか「これ、ちょっと安なれへんかな」
店員「こちらはセール中の商品でして」
ゆりか「それは分かってる。三つも買うねんで」
店員「はあ」
ゆりか「気持ちだけ安なれへんかな」
店員「そう言われましても」
ゆりか「吉岡さん、こっち来て。この子なんて病弱やから学校行事にずっと参加できへんかってんで。それがやっと参加できるようになって」
吉岡さん「ゴホッ、ゴホッ、ううっ」
多夏子「大丈夫? ここで死んで化けて出るとかやめてよ」
ゆりか「パジャマ買えなくても店員さんを恨んだらあかんで」
店員「分かりましたよ。ちょっとだけ安くしますから」
ゆりか「よっしゃー」
多夏子「修学旅行の夜が楽しみや。みんなで一緒に着よう」
吉岡さん「うん」

多夏子の声「吉岡さんのあんなに嬉しそうな顔は初めて見た。だけど、次の日、吉岡さんは学校に来なかった」

   電話のコール音。
   出る音。

多夏子「あ、吉岡さん」
ゆりか「出た?」
多夏子「昨日はごめんね、遅くまでつきあわせちゃって」
ゆりか「風邪ひいたんかいな?」
多夏子「引っ越し?」
ゆりか「何々?」
多夏子「えっ、どういうこと?」
ゆりか「どうしたん?」
多夏子「北海道? えっ。……。修学旅行は? ……。そう、分かった」

   電話を切る。

ゆりか「どういうこと?」
多夏子「親の転勤で来週には北海道に引っ越すって」
ゆりか「そんなん急すぎるやろ」
多夏子「無茶苦茶だわ」
ゆりか「もう学校来られへんの?」
多夏子「たぶん」
ゆりか「引っ越しの準備とかあるもんな」
多夏子「泣いてた」
ゆりか「行きたくないんや」
多夏子「本人が一番悔しいし」
ゆりか「あんなに嬉しそうな顔見たことなかったからなあ」
多夏子「何とかしなきゃ」
ゆりか「どうすんの?」
多夏子「とにかく、一緒に京都に行くって約束したから」
ゆりか「そうやな」
多夏子「引っ越す前に三人だけで京都に行こう」
ゆりか「おう」

多夏子の声「わたしたちは吉岡さんと京都へ行くためにクラスのみんなから、カンパしてもらった」

ゆりか「いくらになった?」
多夏子「四千八百三十六円」
ゆりか「一人も京都に行かれへんな」
多夏子「深夜バスなら一人ぐらいわ」
ゆりか「一人で行ってどうすんのよ」
多夏子「全然足りんな」
ゆりか「しゃあないわ、うちの学校バイト禁止やし。集まったほうやで」
多夏子「貯金ないの?」
ゆりか「修学旅行に行くからテンション上がってもうて、めっちゃ買い物して、お小遣い無くなってもうたし」
多夏子「どうしたらいいんだろう」
ゆりか「他のクラスにもダメ元で行ってみるか」
多夏子「そうしよっか。やれることやってみよう」

   放送が鳴る。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子の声「職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

金田「全額、払った人に返しなさい」
多夏子「はい、すみませんでした」
ゆりか「ごめんなさい」
金田「旅行に行きたいんなら親にお金を出してもらいなさい」
多夏子「うち八百屋だし、貧乏だからそんなお金無いです」
ゆりか「うちの親は関西人やし、お金にはシビアなんです」
金田「分かった。もう帰りなさい」
多夏子「あの、先生」
金田「ん?」
多夏子「お願いします。吉岡さんと一緒に京都へ行きたいんです」
ゆりか「もう二度と会えないかもしれないんです」
多夏子「これが最後のチャンスなんです」
ゆりか「来週には北海道に行ってしまうんです」
金田「なんだ?」
多夏子「ほんのちょっと京都への旅費を貸していただければ」
ゆりか「たった三人分の旅費だけ貸していただけないでしょうか」
金田「お金を出せって言うのか」
多夏子「先生はとてもお金持ちと聞いております」
金田「誰がそんなことを」
ゆりか「高そうな時計してるもんね」
金田「あっ、これは違うんだ」
多夏子「うわっ、新品」
ゆりか「最近買ったでしょ」
金田「関係ないだろ」
ゆりか「それいくらですか? 何百万もするんちゃいますか?」
多夏子「お金は必ず返しますから」
金田「ダメだ。すぐにお金で解決しようとするのは君たちの悪い癖だ」
多夏子「そんなあ」
金田「お金よりも大事なことがある」
多夏子「何ですか、それは」
金田「努力とか友情かな」
多夏子「きれいごとは辞めてください。青春ドラマじゃないんだから。そんなので京都に行けません」
金田「自分の力で稼いだことのない人間は、すぐに誰かに頼ればお金を貸してくれると思っている」
多夏子「わたし実家の手伝いでお金稼いだことあります」
金田「実家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事のうちに入らん。自分たちで何とかしなさい」
多夏子「分かりました。もう先生には頼みません」
ゆりか「ケチ」
金田「さっさと帰れ」

   ドアが開く音。
   歩く音。

多夏子「ああ、最悪や」
ゆりか「誰が先生にちくったんやろ」
山口「あら、お金貯まった?」
多夏子「もしかして」
ゆりか「あんたがちくったんか」
山口「残念ね、せいぜいがんばりなさい」

   歩いていく音。

ゆりか「どうしょっか」
多夏子「自分たちで何とかしなさいって言ってたよね」

   スーパー。

多夏子の声「わたしたちは、スーパーでバイトすることにした」

多夏子「安いよ安いよ、今日は特別大謝恩記念セール。二割引き三割引き当たり前の赤字覚悟のセールだよ」
ゆりか「ちょっとそこのお姉さん、そうそこの綺麗なお姉さん」
女の客「わたし?」
ゆりか「これなんてピッタリと思うけど、服が着られたがってる」
女の客「そうかなあ」
多夏子「わたし服の声を聴ける特殊能力がありまして、えっ、何々、美人に着てもらいたいって」
女の客「それ、いただこうかしら」

多夏子の声「わたしたちの話術で商品は飛ぶように売れた」

店員「おつかれ」
多夏子「おつかれさまです」
店員「いやー、あの商品売れなくて困ってたんだよ。ありがとう」
ゆりか「うちらの手にかかればこんなもんやから」
店員「はい、バイト代」
多夏子「ありがとうございます。えっ、こんなに貰えるの?」
店員「完売ボーナス。ところでさあ社員にならないかな」
ゆりか「いやー、困ります。わたしたち学生ですから」
多夏子「そうそう、京都までの三人分の旅費稼いだら辞めます」
ゆりか「このペースやったら、一週間もあったら貯まるし。夜中の高速バスの貧乏旅行やけど」
店員「もっと稼いで新幹線で高級ホテルに泊まりなよ」
多夏子「どうしても来週までに京都に行かないと行けないんです」
店員「残念だなあ」
ゆりか「わたしが社長になっていいんなら働いてもいいけどね」

   笑い声。

   放送が鳴る。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子の声「再び、職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

多夏子「何でですか」
金田「バイトは禁止」
ゆりか「お願いします。お金が貯まるまで」
金田「バイトは禁止」
多夏子「あとちょっとだけ待ってもらえませんか」
金田「さっさと帰れ」

   ドアが開く音。
   歩く音。

ゆりか「どうしよう。もう無理だ。どっか近場で日帰り旅行しようか」
多夏子「京都じゃなきゃダメ。絶対京都に行くの。あんなに京都に行きたがってたじゃない」
山口「昨日、見ちゃった」
多夏子「ん?」
山口「スーパーの店員お似合いだったのに残念ね」
ゆりか「また、あんたがちくったんか」
山口「家に帰って、お父さんにその日あったことを喋っただけよ。たまたまわたしの父親が校長だっただけなんですけど。ごめんなさいね」
多夏子「吉岡さんと一緒に京都に行くためにお金稼いでたのよ」
山口「あら残念ね。あっ、そうだ。いいこと教えてあげよっか」
ゆりか「いらねえ」
山口「ねえ聞きたい?」
多夏子「言いたいんだろ」
山口「わたしね、明後日、京都に行くの」
多夏子「何ですって」
山口「なんか職員の研修旅行とかで、先生みんなで京都に行くんですって。修学旅行の下見とかも兼ねてるみたい。それで家族も連れて行っていいみたいなの。あっ、わたし校長の娘だから、わたしも一緒に行けるんだって」
ゆりか「うるせえよ」
山口「あなたたちも校長の娘だったらよかったのにね」

   歩いていく音。

ゆりか「何て嫌味な奴」
多夏子「ちょっと待って。明後日、学校に先生たちいないんだ」
ゆりか「でも学校休みよ」
多夏子「そう学校に誰もいない」
ゆりか「何? なんか思いついた?」
多夏子「京都に行けないんだったら、学校を京都にしよう」
ゆりか「どうやって」
多夏子「学校を京都のように飾りつけして京都気分を味あわせてあげるのよ」
ゆりか「そんなことできるの?」
多夏子「分からない」
ゆりか「ええっ」
多夏子「でも、やるしかないでしょ」

   電話のコール音。
   出る音。

多夏子「吉岡さん。明後日の夜に学校に来てほしいの。……。うん、そう。……。絶対だよ。あっ、パジャマも忘れないでね」

多夏子の声「わたしたちは映画研究会、美術部、演劇部の人たちの手を借りて、学校に京都を再現することにした」

多夏子「どうだった?」
ゆりか「成功成功。用務員に菓子折り渡したら、学校こっそり開けてくれるって」
多夏子「こっちは映画研究会の人が映写機貸してくれることになったから。あと美術部の人にお寺の絵も描いてもらったし」
ゆりか「あとは食べ物か」
多夏子「ネットで注文しても間に合うか微妙だしなあ。どこかで京都の物産展とかやってないかな」
ゆりか「東京駅の近くに京都の物いっぱい売ってるとこ知ってるよ」
多夏子「よし、行こう」

多夏子の声「バイトで貯めたお金を全部使って、わたしたちは京都の食べ物を買い込んだ。そして、当日。吉岡さんが夜の学校に来た」

多夏子「ごめんね。引っ越しで忙しいのに呼び出して。大丈夫?」
吉岡さん「うん」

   ドアが開く音。

多夏子「大丈夫、誰もいない」

   歩く音。

吉岡さん「なんか怖い」
多夏子「しーっ」

   歩く音。

多夏子「ギヤー」
吉岡さん「びっくりした」
ゆりか「わたしよ、わたし」

多夏子の声「顔を真っ白に塗ったゆりかだった」

多夏子「ゆりか、怖いよ。肝試しじゃないのよ」
ゆりか「えっ、これ何か分からない?」
吉岡さん「舞妓さん」
ゆりか「そう、ここは京都どすえ」
吉岡さん「うわっ、あれ」
ゆりか「どう? 有名な金閣寺どすえ。美術部に描いてもらったんだからね」
吉岡さん「他にもいろんなお寺がいっぱい」

多夏子の声「模造紙に描いた京都のお寺の絵が壁に貼ってあった」

ゆりか「じゃあ、ここで休んでいきよし。そこのベンチに座って」
多夏子「うん、座ろう」
吉岡さん「うん」
ゆりか「京都名物の八橋、お食べ」
多夏子「初めて食べた、うまい」
ゆりか「どう、おいしい?」
吉岡さん「うん、とっても」
ゆりか「じゃあ、わたし踊ろっかな」
多夏子「何それ、変な踊り。吉岡さん、どう思う?」
吉岡さん「嬉しい。ありがとう」
ゆりか「どんどん食べや。お漬物も湯豆腐もお茶漬けも和菓子も何でもあるからね」

多夏子の声「お漬物、湯豆腐、お茶漬け、和菓子。食べ切れないぐらいの京都料理が次々と出てきた」

吉岡さん「ねえ、一緒に食べよう」
ゆりか「そうやね」

   笑う三人。

多夏子「お腹いっぱい」
ゆりか「今日はここで寝るから」
多夏子「パジャマ持ってきた?」
吉岡さん「うん」
ゆりか「着替えよっか」

多夏子の声「わたしたちはパジャマに着替えてはしゃぎまくった」

多夏子「まだ寝るには早いよ。今日のメインはこれからだ」
ゆりか「吉岡さん、これ付けて」
吉岡さん「なあにこれ? 3Dメガネ?」
多夏子「そうよ、よく見ててね」

   ボタンを押す。
   映写機が回る。

吉岡さん「うわっ、これ清水寺だ」
多夏子「飛び出して見えるでしょ」
吉岡さん「うん、凄い。実際に清水寺にいるみたい」
ゆりか「ここからが本番やで、清水の舞台」
吉岡さん「きゃっ、高い。押さないで。落ちる」
多夏子「ほらほら」
吉岡さん「落ちる落ちる」

   笑う三人。

ゆりか「はい、清水寺、終了です」
吉岡さん「ああ、楽しかった」
ゆりか「あれっ、運動場に何かあるで」
吉岡さん「何、あれ?」
ゆりか「窓開けて、見てみ」

   窓を開ける音。

多夏子の声「運動場には、クリスマスツリーのように木に電飾がつるしてあり光っていた」

ゆりか「よう見て。あれ何かの文字に見えへん?」
吉岡さん「大文字、大文字だ」
ゆりか「そうよ、大文字。でっかいやろ」
吉岡さん「きれい」
多夏子「凄いね」
ゆりか「ほんまもんはもっと凄いねんで」

   風の音。

吉岡さん「ハクション」
多夏子「寒いな。もう寝よっか」
吉岡さん「うん」
多夏子「誰や、先にパジャマになろうなんて言うたのは?」
ゆりか「だって面白いやん」

   窓を閉める音。

多夏子の声「わたしたちは寒くなって布団に入った。その頃、運動場の電飾は風のせいでコードが切れて、大変なことになっていたのに」

   バチバチと火花が散る音。

吉岡さん「それでね。その扉を開けようとするとね」
多夏子「辞めてよ、もう怖い」
ゆりか「あーあーあー」
吉岡さん「なんか誰もいないのに。足音が聞こえるの」
多夏子「怖い」
ゆりか「本物や。やばい、マジなやつや」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ。その足音がどんどん迫ってきて振り返るとそこには」
多夏子「ギャー」
ゆりか「神様仏様」
吉岡さん「あれっ、窓の外が明るい」
多夏子「何? 吉岡さん、どこ行くの?」
吉岡さん「見て、あれ」
多夏子「何?」
ゆりか「大変や」

多夏子の声「運動場の電飾から火が出て、木に燃え移って勢いよく燃えていた」

ゆりか「やばい、わたし用務員さん呼んでくる」

   走る音。

多夏子「外にホースがあったはず、消しに行こう」
吉岡さん「うん」

   走る音。

   ドアを激しく叩く音。

ゆりか「火事よ、火事。用務員さん、ちょっと開けて」

   ドアを激しく叩く音。

   燃えている音。

多夏子の声「わたしと吉岡さんは慌ててホースを蛇口に繋いだ」

多夏子「わたしが水かけるから、吉岡さんは合図したら蛇口ひねって」
吉岡さん「うん、分かった」

   走る音。

多夏子「吉岡さん」
吉岡さん「はい」

多夏子の声「勢いよくホースから水が出た。しかし、ホースが短くて届かなかった」

多夏子「ダメだ、届かない」

   燃えている音。

   走る音。

ゆりか「用務員さん、連れてきたよ」

   走る音。

   消火器の音。

多夏子の声「用務員さんは消火器を撒いたけど、火の勢いは止まらなかった」

   燃えている音。

   消防車の音。

多夏子の声「次の日、木は真っ黒に焦げていた。校舎の壁も煙で黒くなって、その周りに立ち入り禁止の柵がしてあって。結構な事件になった」

   携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。……。えっ、もうそんな時間。わたしお昼食べてないや。……。あーあ、暇過ぎて死にそう。自宅謹慎っていったい、いつまでなんだろう。……。うん、分かった。じゃあね」

多夏子の声「わたしたちは無期限の自宅謹慎と言われ、家に閉じこもっていた」

   携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。何よ、さっき電話したばっかりなのに。……。うわっ、先生。あの、ご無沙汰してます」

多夏子の声「またもや職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

多夏子「ごめんなさい」
ゆりか「あの木は働いて弁償しますから」
金田「バイトは禁止と何回言ったら分かるんだ。これ、何か分かるか?」
多夏子「何ですか、これ?」
金田「授業中も喋ってばっかりだからなあ」
ゆりか「あ、これっ、簿記の何とかっていうやつ」
金田「貸借対照表」
多夏子「ここで授業ですか?」
金田「あの木はもう植え替えなきゃいけないんだ。植樹代十万円」
多夏子「そんなにするの?」
ゆりか「高い」
金田「壁が黒くなって塗り替えなきゃいけないし、ペンキ代五万円。それから……」

多夏子の声「先生は簿記の授業で使う紙にいっぱい弁償代を書いていた」

金田「あとは細かい修繕費が三万八千円。合計で百万円」
多夏子「百万円だなんて」
ゆりか「返せないわ、そんな大金」
金田「これが借方。貸方の方は三人の友情百万円」
多夏子「ん?」
ゆりか「今なんて」
金田「授業ちゃんと聞いてたか。借方と貸方は同じ金額になるんだ。合計で0円にしないとな」
多夏子「どういうことですか」
ゆりか「返さなくていいの?」

多夏子の声「貸借対照表の左側には弁償代が細かく書かれていた。そして右側には三人の友情百万円と書かれていた」

ゆりか「先生、時計」

多夏子の声「先生は高そうな時計をしてなかった」

ゆりか「先生、時計売ったの?」
多夏子「絶対返しますから」
金田「さっさと帰れ」

多夏子の声「わたしたちはやっと学校に登校できるようになった。でも、吉岡さんはもういない。吉岡さんから学校に手紙が届いていた」

金田「みなさんには、大変お世話になりました。父の仕事で……」
吉岡さんの声「父の仕事で北海道に行く予定でしたが、急遽場所が変更になりまして、わたしは今、京都にいます」
ゆりか「えー」
多夏子「うそ」
吉岡さんの声「生で見るお寺はみんな凄い迫力です。金閣寺も銀閣寺も。他にも素敵なところがいっぱいあります。早く見に来てほしいです。そして、またみなさんに会いたいです」
ゆりか「どうなってんの?」
多夏子「京都って」
吉岡さんの声「あの日の夜、わたしの怪談話が途中までしかお話できなかったので、続きをお話ししたいです。クラスのみんなにもぜひ聞いてもらいたい。また京都にもいろんな怪談話がありまして、新しい怪談話も仕入れております。そちらの方もみなさんに披露させていただきたいです」
ゆりか「怖い怖い」
多夏子「そういう人だったんだね」
吉岡さんの声「また会える日を楽しみにしています。P.S.大文字の映像を見たのですが、ちょっと迫力が足りなかったかな。やっぱり大文字はもっと勢いよく燃えないとね」

   笑い声。

多夏子の声「わたしは先生に建て替えてもらったお金を返そうと実家の八百屋を手伝っていた」

多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はニンジンが安いよ。どうですか?」

   早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる足音。

多夏子「今日はニンジンが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   早足で歩いてくる音。

多夏子「あっ、先生」
金田「昨日は百八十五円、今日は百四十八円か。二割引き、あってる」
友田「なんだい、またあんたか」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい。バイトは禁止だって分かってるんです。でも、どうしても働いてお金を返したくて」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい」
友田「なんだよ。バイトじゃないよ。家の手伝いして何が悪いんだ」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい」
金田「前にも言ったけど、家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事とは認めん」
友田「何がぬるいだ、この野郎」
金田「こんなのバイトのうちに入らない」
多夏子「えっ、じゃあ、いいんですか、やっても」
金田「ニンジンもらおうか」
多夏子「はい、ニンジンありがとうございます」
金田「はい、百四十八円」
多夏子「はい、ちょうどですね。お買い上げありがとうございました」
友田「なんだ、今日は小銭か。いつも一万円札なのに、生徒には甘いんだな」
金田「計算の弱い人間はお釣りの金額が多くなると、パニックになって間違えて多く貰えるからね」
友田「なんだとこの野郎」
金田「確認しなさい。いつもより売り上げが増えてるはずだ。その子のおかげなんだから、その分、多く給料を払うんだね」

   早足で歩いていく音。

友田「むかつく、なんなんだあいつ」
多夏子「うちの簿記の先生。ちょっとうるさいけど」
                 おわり
この記事のタイトルとURLをコピーする 傾向と対策
傾向と対策