脚本の直し06 シナリオコンクール受賞作の脚本の直し2回目

第一声は主人公に。先生がしている時計を架空の名前の珍しい時計に設定。都合よく何でも喋っちゃうテンションの高い女教師アカリを追加。親友と喧嘩する設定追加。仲良くなったから呼び捨てで呼んでという展開を追加。


多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はキュウリが安いよ。どうですか? あっ。(小声で)お父さん、ちょっと休んでくるね」
友田「どうした、多夏子」

   金田が早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる。

友田「今日はキュウリが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   金田が引き返して、早足で歩いてくる。

友田「いらっしゃい」
金田「昨日は二百十円、今日は百七十円。ということは、二割引きではなく、一割九部引きでしょ」
友田「なんだよ、またあんたかよ」
金田「二割引きであれば、百六十八円にしないといけない」
友田「そんなの、だいたいでいいだろ。誰も気にしてないよ」
金田「あなたが先ほどから、おっしゃってるいつもというのは、いったい、いつのことなのでしょうか。もしかして二百十二円五十銭の時があったのでしょうか」
友田「無い無い、そんな値段。買うの買わないの」
金田「いつもの二割引きの百六十八円なら買う」
友田「もう分かったよ。それでいい」
金田「はい、一万円」
友田「何だよ、またかよ。細かいのは無いの」
金田「お釣り無いなら、いらない」
友田「一万円でいいよ。そんなにお金あるんなら、たまにはもっと買ったら?」
金田「お釣り」
友田「そうだ、今日は大根も」
金田「お釣り」
友田「はい、お釣り」
金田「123456789、123456789、123456789」
友田「ちゃんと合ってるよ。いちいち何回も確認しないでよ」
金田「九千八百三十二円。今日は計算あってるな、残念」

   金田が早足で歩いていく。

友田「やな客だな。毎日、計算ミスを楽しみにしてやがる。客寄せの一番安いのだけしか買わねえし。嫌がらせか」
多夏子「お父さん」
友田「なんだ、多夏子。そこにいたのか」
多夏子「あれ、うちの先生だよ」
友田「今、何て言った?」
多夏子「さっきの人、うちの簿記の先生。凄い嫌な奴なの」

   学校のチャイム。
   生徒たちが騒いでいる。

金田「じゃあ、この問題、誰にやってもらおうかな。はい、あくびしてる友田」
多夏子「えっ」
金田「友田、聞いてなかったのか」
多夏子「すいません」
金田「ちゃんと授業聞いとかないとダメだぞ。お金の計算間違えると、客の信用、失うぞ」
多夏子「はい」
金田「お前んちの八百屋は、よくお釣り間違えてるからな」

   生徒たち笑う。

金田「お前は八百屋になるからいいけど、他のみんなは就職して、事務や経理になったら簿記が必要になるかもしれないんだぞ。みんな、就職のために必死なんだから邪魔するな」
多夏子「すいません」
金田「この問題は簡単だろ。貸借対照表の借方と貸方は同じ金額になるって何回言わせるんだ。借方が百万円の場合、貸方も百万円だ。そう考えると……」

   学校のチャイム。

金田「時間だ。はい、今日はここまで」

   金田が早足で歩いていく。
   教室のドアが開いて閉じる。

多夏子「むかつくなあ。一秒も無駄な時間、使いたくないんだな」
ゆりか「徹底してるね、授業の途中でも関係ないもんな」
多夏子「ほんと嫌い。もうどうでもいいわ、あんな奴。そんなことより、修学旅行のことなんだけど」
ゆりか「どこ行くか? 金閣寺も銀閣寺も当然、行かなあかんし、そこまで行ったら、清水寺も行かんとなあ」
多夏子「寺ばっかり」
ゆりか「でも、清水寺は外されへんわ」
多夏子「そうかな」
ゆりか「清水の舞台、知ってるやろ」
多夏子「ああ」
ゆりか「あの舞台で下、見てるときに、やめてよ、もう。押さんといてよ。落ちる落ちるとかやりたいやん」
多夏子「何それ、楽しそう」
ゆりか「そやろ、そやろ。京都出身のわたしに任せといたらええねん」
多夏子「自由行動で、そんなに回れるかな」
ゆりか「大丈夫、わたし、裏道知ってるから任せなさい」
多夏子「ねえねえ、吉岡さん」
吉岡さん「あっ、はい」
多夏子「吉岡さんはどこ行きたい?」
吉岡さん「えっ」
多夏子「修学旅行」
吉岡さん「あの……わたし」
多夏子「もしかして修学旅行も休んじゃうの?」
吉岡さん「行くよ」
多夏子「良かった。初めてよね、学校の行事に参加するの」
吉岡さん「ごめんなさい。わたし、すぐ体調悪くなっちゃうから」
多夏子「大丈夫、大丈夫」
吉岡さん「大文字」
多夏子「大丈夫?」
吉岡さん「あの、行きたいところ。大文字」
ゆりか「大文字か」
多夏子「何、それ?」
ゆりか「山に火つけて、燃やすんや。それが遠くから見たら、漢字の大きいって文字に見えるやつやん」
多夏子「おお、何か有名なやつ。それ見に行こう」
ゆりか「ごめん。大文字はお盆の時期しかやってないねん」
多夏子「えー、そうなの」
吉岡さん「そうなんだ。見たかったなあ」
多夏子「そうだ、今日さあ。パジャマ買いに行こう」
ゆりか「ええなあ、お揃いのかわいいの買おうや」
多夏子「吉岡さんも」
吉岡さん「いいの?」
多夏子「当たり前でしょ、同じ班なんだから一緒に寝るのよ」
ゆりか「夜は枕投げして、怖い話して寝かさへんからな」
多夏子「やめてよ」
吉岡さん「楽しみ」
ゆりか「吉岡さん、怖い話、好きなん?」
吉岡さん「うちの親、転勤が多くて、子供の頃から引っ越してばっかりだから、全国各地の怖い話はだいたい知ってて」
多夏子「こわっ」
ゆりか「よっしゃ、吉岡さんの怪談ナイト開催決定や」
多夏子「やっぱり、うちらの班は最強や」
ゆりか「京都のことなら何でも知ってるわたしがいるからな。ガイド料、貰わなあかんわ。先生に払ってもらおう」
多夏子「あいつ、けっこういいスーツ着てるし、いっぱいお金持ってそう」
ゆりか「前から気になっててんけど、毎月ちょっとずつ豪華になってへん?」
多夏子「確かに。給料日のたびに自分へのご褒美って感じで買ってるのかな」
ゆりか「ここ数か月はあんまり高いもん買ってなかったからなあ」
多夏子「そうね、そろそろドーンと高いもん買いそう」

   金田が早足で歩いてくる。
   自動ドアが開く。

店員「いらっしゃいませ、本日はどのような時計をお探しですか?」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「あのー、こちらなんて、いかがでしょうか」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「こちらの新作も見て見ませんか」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「あっ、そうだ。ちょうど今日入ったばかりの人気の」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「限定品の」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「分かりましたよ。予約キャンセルされて一本だけあります。どこでその情報を」
金田「アカシ・プラネタリウム」
店員「はめてみますか?」
金田「はい」
店員「どうですか、はめてみた感じは?」
金田「いい」
店員「お似合いですよ」
金田「日本の職人が日本標準時子午線のある兵庫県明石市の名前を付けるほど、自信を持って作った時計」
店員「よく、御存じですね。お買い上げになりますか?」
金田「いくら?」
店員「はい、お値段はこちらに」
金田「百万円以上するのか」
店員「いかがでしょうか」
金田「珍しい時計だから、この値段は妥当か」
店員「そうなんです。なかなか手に入り辛くなっておりまして」
金田「売ったとしても、プレミアがついて、逆に儲かることも考えられる」
店員「そうなんですよ。財産としても価値があります」
金田「じゃあ、これを」
店員「お買い上げ、ありがとうございます。お支払はカードですか」
金田「当然、現金で払う」
店員「ありがとうございます」
金田「カードで支払いを先延ばしにするなんてありえない。分割払いなんて、もっと意味が分からない。なんで同じ物をわざわざ高い値段を払って買うのか」
店員「現金を持ち歩くのも物騒ですし、ポイントも付きますから、最近はカードでお支払いをする人が多いですよ」
金田「ポイントが付くとか言われても、ポイントに見合った商品なんて交換できたことがない。その分を値引きしてくれた方がいい」
店員「はい、そうですね。おっしゃる通りでございます」
金田「ほんとに良い時計だ。良い買い物をした」
店員「価値を分かる人に買ってもらえて嬉しいです」
金田「価値のない物に金をかけるのはバカだから」

   スーパー。

多夏子N「わたしたち三人は、約束通り、パジャマを買いに来た」

店員「ただ今より、タイムセールを行います」
ゆりか「よっしゃ、来たでタイムセール。多夏子、行くよ」
多夏子「おう」
ゆりか「吉岡さんも遠慮したあかんで」
吉岡さん「うん」

   三人が走る。

ゆりか「吉岡さん、それ、かわいいやん」
吉岡さん「ありがとう」
ゆりか「多夏子はまだ悩んでんの? もう、はよしてよ、ずっと待ってんねんで。吉岡さんも暇やんなあ」
吉岡さん「うん。あっ、でも、じっくり選んだ方が」
多夏子「欲しいのはこっち。でも、こっちの方が安いしなあ。この値段の差は大きいなあ」
吉岡さん「お金貸そうか」
多夏子「お金を借りてまでは欲しいと思ってないから」
ゆりか「なんなんそれ。分かった、わたしに任せて。ちょっと店員さん」
店員「はい、お呼びでしょうか」
ゆりか「これ、ちょっと安なれへんかな」
店員「こちらはセール中の商品でして」
ゆりか「それは分かってる。三つも買うねんで」
店員「はあ」
ゆりか「気持ちだけ、安なれへんかな」
店員「そう言われましても」
多夏子「わたしが買わなかったら二つ分の利益にしかならないよ。値引きしたら一つ当たりの利益は減るけど、三つ売った方が、お店の利益は多くなるんじゃないの」
ゆりか「なんか簿記の先生に似てきたなあ」
多夏子「辞めてよ、もう」
ゆりか「ははは」
店員「いやー、ほんとうに、セール中の商品なので、これ以上の値引きは」
ゆりか「吉岡さん、こっち来て。この子なんて病弱やから、学校行事にずっと参加できへんかってんで。それがやっと参加できるようになって、ほら、ねえ」
吉岡さん「ゴホッ、ゴホッ、ううっ」
多夏子「大丈夫? ここで死んで化けて出るとかやめてよ」
ゆりか「パジャマ買えなくても、店員さんを恨んだらあかんで」
店員「分かりましたよ。ちょっとだけ安くしますから」
ゆりか「よっしゃー!」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「吉岡さん、今、笑った?」
吉岡さん「ううん」
ゆりか「わたしも見たよ、笑ってた」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「ほら、やっぱり笑ってる」
ゆりか「もう修学旅行まで待ってられへん。もう今日着よう。パジャマパーティーしようや」
多夏子「修学旅行のために買ったんでしょ」
吉岡さん「わたし、こんなの初めて、ありがとう」
多夏子「何言ってんのよ、友達でしょ」
吉岡さん「うん」

多夏子N「吉岡さんのあんなに嬉しそうな顔、初めて見た。だけど、次の日、吉岡さんは学校に来なかった」

   電話のコール音。
   電話に出る。

多夏子「あ、吉岡さん」
ゆりか「出た?」
多夏子「昨日はごめんね、遅くまでつきあわせちゃって」
ゆりか「風邪ひいたんかいな?」
多夏子「引っ越し?」
ゆりか「何々?」
多夏子「えっ、どういうこと?」
ゆりか「どうしたん?」
多夏子「北海道? ……。修学旅行は? ……。そう、分かった」

   電話を切る。

ゆりか「どういうこと?」
多夏子「親の転勤で、来週には北海道に引っ越すって」
ゆりか「そんなん急すぎるやろ」
多夏子「無茶苦茶だ」
ゆりか「もう学校来られへんの?」
多夏子「たぶん」
ゆりか「引っ越しの準備とかあるもんな」
多夏子「泣いてた」
ゆりか「行きたくないんや」
多夏子「本人が一番、悔しいし」
ゆりか「あんなに嬉しそうな顔、見たことなかったからなあ」
多夏子「何とかしなきゃ」
ゆりか「どうすんの?」
多夏子「吉岡さんと一緒に京都に行くって約束したから」
ゆりか「そうやな」
多夏子「吉岡さんが引っ越す前に、三人で京都に行こう」
ゆりか「お金が必要やなあ」
多夏子「みんなにお金貸してもらおう」
ゆりか「でも、みんなお金貸してくれるかなあ」
多夏子「とにかく、やるしかないよ!」

多夏子N「わたしたちはクラスのみんなから、少しずつお金を借りることにした」

ゆりか「いくらになった?」
多夏子「四千八百三十六円」
ゆりか「意外と集まったなあ。でも、一人も京都に行かれへんな」
多夏子「安いバスなら一人ぐらいは」
ゆりか「一人で行ってどうすんのよ」
多夏子「全然、足りない」
ゆりか「しゃあないわ、うちの学校バイト禁止やし。集まったほうやで」
多夏子「貯金ないの?」
ゆりか「修学旅行に行くからテンション上がってもうて、めっちゃ買い物して、お小遣い無くなってもうたし」
多夏子「わたしも無い」
ゆりか「うちのクラスでこんだけ集まったから、他のクラスにも行こう」
多夏子「よし、行ってみよう!」

   校内放送。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子N「職員室に呼び出されたわたしたちは、こっぴどく怒られた」

金田「どうやって返すつもりだ? どんな契約になってるんだ? 年利、何パーセントで貸してもらったんだ? そもそも、借用書はかわしてるのか?」
多夏子「そんな難しいことは分からないけど、みんな友達だから、わたしたちに協力してくれたんです」
金田「お金を借りるっていうのは、どういうことか分かってるのか。何も考えてないなら、全額、返しなさい」
多夏子「わたしたちの努力で集めたお金です。みんなも理解してくれたから貸してくれたんです」
ゆりか「わたしは辞めよう言うたんですよ」
多夏子「他のクラスにも借りに行こうって言ったのは、ゆりかでしょ」
金田「とにかく、旅行に行きたいなら、親にお金を出してもらいなさい」
多夏子「うち八百屋だし、貧乏だから、そんなお金無いです」
ゆりか「うちの親は関西人やし、お金にはシビアやから」
金田「じゃあ、もう諦めろ。さっさと帰れ」
ゆりか「あのー、先生」
金田「ん?」
ゆりか「お願いします。吉岡さんと一緒に京都へ行きたいんです。もう二度と会えないかもしれないんです。これが最後のチャンスなんです。来週には北海道に行ってしまうんです」
金田「で、何が言いたい?」
ゆりか「ほんのちょっと京都への旅費を貸していただければ」
多夏子「貸してくれるわけないでしょ」
ゆりか「たった三人分の旅費だけ貸していただけないでしょうか」
金田「お金を出せって言うのか」
ゆりか「先生はとてもお金持ちと聞いております」
金田「誰がそんなことを」
ゆりか「高そうな時計してるもんね」
金田「あっ、これは違うんだ」
ゆりか「うわっ、新品。最近、買ったでしょ。見てすぐ分かる。ええ時計やわ」
金田「まあな」
ゆりか「それいくらですか? 何百万もするんちゃいますか? ほら、多夏子も頼んで」
多夏子「えーと、お金は必ず返しますから」
金田「自分の力で稼いだことのない人間は、すぐに誰かに頼れば、お金を貸してくれると思っている」
多夏子「わたし実家の手伝いでお金稼いだことあります」
金田「実家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事のうちに入らん。自分たちで何とかしなさい」
多夏子「分かりました。もう先生には頼みません」
金田「さっさと帰れ」

   職員室のドアが開く。

多夏子N「わたしはイライラすると、いつも保険の先生に愚痴りに行く。簿記の先生とは大違いの優しい先生だ、ちょっとテンション高いけど」

多夏子「ゆりかもゆりかなんです。なんであんな奴に頼むのか分からない。あいつ、難しいことばっかり、言いやがって。ほんとにむかつく」
アカリ「ええーっ! むかつくとか言っちゃダメ。金田先生の言ってることは正しいんじゃないのかなあ。アメ、舐める?」
多夏子「ありがとうございます。(アメを舐めながら)そんなこと、ない。屁理屈ばっかり、言われて、わたし、嫌われてるんです」
アカリ「ええーっ! 嫌われてなんかないよー。あなたたちのこと、心配なのよ」
多夏子「(アメを舐めながら)そう、かなあ」
アカリ「そうよ、きっとそう! 金田先生は若い頃に友達のために借金して苦労したから、お金の勉強して、簿記の先生になったのよ。あなたたちにも、お金で苦労してほしくないのよ」
多夏子「(アメを舐めながら)そんなの、知らない。わたし、関係ないから」

多夏子N「次の日、わたしたちは他の方法を考えていた」

ゆりか「どうしょっか?」
多夏子「自分たちで何とかしなさいって言ってたよね。自分で稼ぐしかないよ」
ゆりか「働くつもり? わたし嫌やわ。多夏子は八百屋の娘やからいいけど、わたし自信ないし」
多夏子「大丈夫、わたしが教えるから二人でバイトしよう!」

   スーパー。

多夏子N「わたしたちは、スーパーでバイトすることにした」

多夏子「安いよ安いよ、今日は特別大謝恩セール。赤字覚悟のセールだよ。ちょっとちょっと、そこのお姉さん」
女の客1「お姉さんだなんて、おばさんよ」
多夏子「ウソでしょ、同い年かと思ったわ」
女の客1「まあ、お上手ね」
多夏子「この服、最後の一枚なんです。凄い人気で、しかも安い。こんな値段で売ったら、うちの店、潰れてしまうんですけど、今日は特別サービスなんです。今、買わないと、すぐ誰かが買っちゃいますよ」
女の客1「じゃあ、買っちゃおうかな」
多夏子「はい、まいどあり」
ゆりか「ちょっとそこのお姉さん。そう、そこの綺麗なお姉さん」
女の客2「わたし?」
ゆりか「これなんてピッタリと思うけど、服が着られたがってる」
女の客2「そうかなあ」
ゆりか「わたし、服の声を聴ける特殊能力がありまして、えっ、何々、美人に着てもらいたいって」
女の客2「それ、いただこうかしら」

多夏子N「わたしたちの話術で飛ぶように売れた」

多夏子「このペースなら、三人がバスで旅行に行けるぐらいは、すぐに貯まりそうね」
ゆりか「何をアホなこと言ってるの。新幹線で高級ホテルに泊まる贅沢旅行しようや。もう売って売って売りまくるで」

   校内放送。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子N「再び職員室に呼び出されたわたしたちは、こっぴどく怒られた」

金田「バイトは禁止」
多夏子「お願いします。お金が貯まるまで」
金田「バイトは禁止」
多夏子「あとちょっとだけ、待ってもらえませんか」
金田「ダメだ。すぐにお金で解決しようとするな」
ゆりか「わたしは嫌だって言ったんですよ」
多夏子「何よ、ノリノリだったくせに」
金田「お金よりも大事なことがあるだろ」
多夏子「何ですか、それは?」
金田「努力とか友情とか」
多夏子「きれいごとは辞めてください。青春ドラマじゃないんだから。そんなので京都に行けません」
金田「じゃあ、さっさと帰れ」

   職員室のドアが開く。

ゆりか「どうする? もう無理だよ。どっか近場で日帰り旅行しよっか」
多夏子「京都じゃなきゃダメ。絶対、京都に行くの。あんなに京都に行きたがってたじゃない」
ゆりか「でもなあ、失敗してばっかりやし。やっぱり先生に頼もう」
多夏子「辞めてよ。だいたい、ゆりかがいけないのよ」
ゆりか「わたし?」
多夏子「みんなにお金貸してもらったときも、他のクラスにまで行くからバレちゃったし、バイトもお金貯まった時に辞めてれば良かったのに、贅沢旅行しようなんて言い出すから」
ゆりか「あっ、そう。じゃあ、一人でやれば」
多夏子「ゆりか」

   ゆりかが早足で歩いていく。

アカリ「ええーっ! 喧嘩なんてダメ」
多夏子「わたし、どうしたら、いいですか」
アカリ「ええーっ! 分からないの? そんなの簡単じゃない。素直に謝るしかないわ。アメ、舐める?」
多夏子「ありがとうございます。(アメを舐めながら)でも、どう謝って、いいのか。あー、もう」

   多夏子がアメをバリバリと噛む。

アカリ「ダメーっ! アメ、噛んじゃダメよ」
多夏子「ちょっと前までうちらの班は最強って言ってたのに、いつの間にか三人バラバラになって、もうどうしていいか分からなくて。わたしは三人で京都に行きたいだけなんです」
アカリ「京都かあ。明後日、一緒に行けたらいいんだけどねえ」
多夏子「明後日?」
アカリ「ええーっ! なんで明後日、京都に行くって知ってるの?」
多夏子「明後日、京都に行くんですか?」
アカリ「ええーっ! なんで知ってるの?」
多夏子「先生が今、言いました」
アカリ「しまった! 心の声と独り言、間違えた」
多夏子「なんで京都に行くんですか?」
アカリ「修学旅行の下見。職員の研修旅行も兼ねてるから、先生たちみんなで行くことになってて」
多夏子「そうですか、いいなあ先生は。楽しんできてください。わたしは一人でどうにかしますから」

   多夏子がゆっくり歩いてくる。

友田「いらっしゃい、いらっしゃい。安いよ、安いよ。おう、お帰り、多夏子。どうしたんだ、そんな暗い顔して」
多夏子「何でも無い」
友田「帰って来るの待ってたんだよ。今から南国フェアーを開催するんだ。ちょっと南国風の絵でも描いてくれよ」
多夏子「嫌よ、お父さんが描けばいいでしょ」
友田「多夏子の方が上手いだろ」
多夏子「うわっ、何これ。凄いにおい」
友田「ちょっと発注ミスで一桁間違えちゃって。南国フルーツが山ほど届いたんだ。だから、店中に南国の絵を飾って、お客さんに南国気分を味わってもらう南国フェア―を」
多夏子「無理」
友田「何だよ、いつもだったらとりあえずやってみるって言うのに。倉庫にダンボールいっぱいあるから、それに絵を描いてくれよ、な、頼むよ。うちの店、潰れちゃってもいいのか」
多夏子「はいはい、分かりましたよ」

   絵を描く。

多夏子「(ため息)はあ。ダメだ。呪われた絵にしか見えない。あー、もう。こんなことやってる場合じゃないのに、南国の絵を飾って南国気分にしようだなんて考えが甘いのよ。……。いや、甘くない。そうか、京都に行けないんなら、教室に京都の絵を飾って、京都気分だけでも味あわせてあげよう。明後日、学校に先生たちいないし。チャンスじゃん。お金も無いし、もうそれしかない。わたし一人でできることだけでもやらなきゃ。とにかく、やるしかない!」

   電話のコール音。
   電話に出る。

多夏子「吉岡さん。明後日の夜に学校に来てほしいの。……。うん、そう。……。無理かあ。……。来れたらでいいから無理しないで。……。あっ、パジャマ忘れないでね」

   電話を切る。

多夏子N「わたしは必死にがんばった。約束の日は明日に迫っていた」

   多夏子が早足で歩いてくる。

友田「いらっしゃい、いらっしゃい。安いよ、安いよ。おう、お帰り、多夏子。お前の絵、評判いいぞ。何か独特な味わいがあるそうだ。おい、今日も描くのか? さては、芸術に目覚めたな」

   絵を描く。

多夏子「どうしよう、もう、ダメだー。間に合わない。どうしたらいいの」
ゆりか「やっぱりそういうことか」
多夏子「ゆりか! どうしてここに」
ゆりか「おっちゃんに聞いた。おかしいと思ったわ。授業中もずっと寝てるし、手も足も絵の具で汚れてるし」
多夏子「わたし一人でやるから」
ゆりか「これ、京都のつもり?」
多夏子「ほっといてよ」
ゆりか「吉岡さんに電話したら言うてたよ。明日どうしても行きたいって」
多夏子「だから、頑張ってるじゃない」
ゆりか「一人で間に合う訳ないでしょ。みんなも協力してくれるって」
多夏子「えっ」

多夏子N「クラスのみんなが集まってくれた。京都の風景をみんなで描いて、一緒に京都っぽい曲を収録したり、料理が上手い子に手伝ってもらって京都料理を作ったりした。就職のことばっかりだったクラスが初めて一つになった気がした。わたしたちは吉岡さんのために必死にがんばった。そして、約束の日の夜になった」

ゆりか「来るかなあ」
多夏子「絶対、来るよ」
ゆりか「もう約束の時間過ぎてるよ」
多夏子「たった五分じゃない」
ゆりか「そうね、来るまで待とうか」
多夏子「あのさあ」
ゆりか「ん?」
多夏子「ごめんなさい。一人でできるなんて言って、ごめんなさい。わたし不器用だから、一人じゃ何もできなくて」
ゆりか「多夏子と一緒にいると、いっぱい問題起こって楽しいからなあ。わたしも悪かった、ごめん」
多夏子「ありがとう」
ゆりか「あっ、来た!」

   吉岡さんが走る音。

吉岡さん「(息が切れて)はあ、はあ。ごめんなさい。親に気付かれないように抜け出すのに時間かかっちゃって」
多夏子「来てくれてありがとう」
ゆりか「さっ、早く行こう」

多夏子N「わたしたち三人は夜の学校に忍び込んだ」

   三人はゆっくり歩く。

多夏子「夜の学校って、真っ暗かと思ってたけど、意外と明るいのね」
吉岡さん「今日は満月だから」
多夏子「ああ、月明かりで明るいのか」
吉岡さん「満月の日は、何かが起こる予感がする。フフフ」
多夏子「怖いこと言わないで」
吉岡さん「あれっ、ゆりかさんがいない」
多夏子「ああ、ほんとね。先に行ったんじゃないかしら」
吉岡さん「もしかして、違う次元に飛ばされてしまったのかも」

   異次元のような不思議な音楽。

多夏子「えっ、そんなことないと思うよ」
吉岡さん「全部わたしのせいなんです。わたしのせいで、ゆりかさんが」
多夏子「ギヤー!」
ゆりか「わたしよ、わたし。多夏子が驚いてどうすんのよ」
吉岡さん「あっ、ゆりかさん」
多夏子「脅かさないでよ。なんで顔、真っ白に塗ってんのよ。肝試しじゃないんだから」
ゆりか「わたしがいつの間にか着替えてて、吉岡さんを驚かすって計画でしょ」
吉岡さん「舞妓さんだ」
ゆりか「そう、ここは京都どすえ。さあ、中に入って」

   教室のドアを開ける。

多夏子N「教室に入ると、そこは京都だった。わたしたちクラス全員で作った京都だった」

多夏子「これ凄いでしょ。金閣寺、わたしが描いたの」
吉岡さん「へー、個性的なお寺だね」

   京都風の音楽が緩やかな音楽が流れるが、音程が外れてかなり下手。

多夏子「ちょっと下手だけど。まあ雰囲気だから。そんなことより、京都名物の八橋食べて」
ゆりか「何、これ。ベタベタしてるけど」
多夏子「見た目はあれだけど、ちゃんと教えられたとおりに作ったから」
ゆりか「味見した?」
多夏子「してないけど、なんで?」
吉岡さん「わあ、不思議な味。こういう食べ物なんだね。わたし初めて食べた」
多夏子「吉岡さん、これ付けて」
吉岡さん「何、これ? 3Dメガネ?」
多夏子「そうよ、借りてきたの」

   ボタンを押す。

吉岡さん「うわっ、これ、清水寺?」
多夏子「飛び出して見えるでしょ」
吉岡さん「うん、凄い。実際に清水寺にいるみたい」
ゆりか「ここからが本番やで、清水の舞台。下見てみ」
吉岡さん「きゃっ、高い。押さないで。落ちる落ちる」

   三人は笑う。

吉岡さん「ああ、楽しかった」
ゆりか「運動場に何かあるで。窓開けて、見てみ」

   窓を開ける。

多夏子N「運動場には、クリスマスツリーのように木に電飾がつるしてあり、光っていた」

ゆりか「よう見て。あれ何かの文字に見えへん?」
吉岡さん「大文字、大文字だ」
ゆりか「そうや、大文字。でっかいやろ」
吉岡さん「きれい」
多夏子「凄いね」
ゆりか「ほんまもんは、もっと凄いねんで」

   強風。

吉岡さん「ハクション」
多夏子「寒いな。もう寝よっか」
吉岡さん「うん」

   窓を閉める。

多夏子「吉岡さん、パジャマ持ってきた?」
吉岡さん「うん」
多夏子「じゃあ、着替えよっか」

多夏子N「わたしたちはパジャマに着替えて、はしゃぎまくった。その頃、運動場の電飾は風のせいでコードが切れて、大変なことになっていたのに」

   バチバチと火花が散る。

吉岡さん「それでね。その扉を開けようとするとね」
多夏子「辞めてよ、もう怖い」
ゆりか「あーあーあー」
吉岡さん「誰もいないのに。足音が聞こえるの」
多夏子「怖い」
ゆりか「本物や。やばい、マジなやつや」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ。その足音がどんどん迫ってきて振り返ると、そこには」
多夏子「ギャー」
ゆりか「辞めて、辞めて」
吉岡さん「フフフ」
多夏子「何なの、何が面白いの」
ゆりか「怖がらせんといてよ」
吉岡さん「怖がり過ぎ」
多夏子「まさか吉岡さんがこんなに怖い話、持ってるなんて」
ゆりか「もう嫌や、寝られへん」
吉岡さん「まだまだいっぱい怖い話、知ってるよ。あーあ、もっと早く仲良くなってたら、いっぱい話せたのになあ」
多夏子「吉岡さん」
ゆりか「もう、急にそんなこと言わんといてよ。もうアホやなあ、(泣く)ぐすっ」
多夏子「ちょっと、ゆりか。泣かないって約束じゃない」
吉岡さん「わたしのせいなの。わたしがもっと早く。みんなと仲良くなれたのに。(泣く)ううっ」
多夏子「ちょっと吉岡さんまで泣かないでよ。みんな泣いちゃったら、わたしまで、(泣く)ぐすっ」
吉岡さん「ありがとう、多夏子さん、ゆりかさん」
多夏子「吉岡さんって、下の名前なんて言うの?」
吉岡さん「美冬」
多夏子「じゃあ、美冬って呼ぶね。だから、わたしたちもさん付け辞めて」
ゆりか「美冬」
吉岡さん「ありがとう、多夏子、ゆりか」
多夏子「(同時に)美冬」
ゆりか「(同時に)美冬」
吉岡さん「多夏子、ゆりか」

   三人は笑う。

ゆりか「今日は朝まで語り明かそう。恋バナとかしようや。好きな人とかいる? ねえ、美冬は何の話がしたい?」
吉岡さん「じゃあ、さっきの続きなんだけど」
ゆりか「何の話?」
吉岡さん「足音が近づいてきて」
多夏子「ええーっ、まだ怖い話、続けるの?」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ」
ゆりか「あかん、スイッチが入ってしもて、もう誰にも止められへん」
吉岡さん「振り返ると、そこには」

   バチッと大きな火花が散る。

多夏子「(同時に)ギヤー!」
ゆりか「(同時に)キャー!」
吉岡さん「あれっ、外が明るい」
多夏子「何? どこ行くの?」
吉岡さん「見て、あれ」
多夏子「何?」
ゆりか「大変や!」

多夏子N「運動場で木が燃えていた」

   三人が走る。

ゆりか「わたし誰か呼んでくる」
多夏子「水、水、水。あった、ホース。わたしが水かけるから、美冬は合図したら、思い切り蛇口ひねって」
吉岡さん「うん、分かった」
多夏子「美冬」

   水道から水が噴き出す。

吉岡さん「キャー」
多夏子「どうしたの?」
吉岡さん「蛇口取れて、水が止まらない」
多夏子「もうビショビショじゃない」
吉岡さん「蛇口、蛇口がない」
多夏子「あっ、消火器があった。えーと、どうやって使うんだ。えっ、出ない。もう、力ずくで、よし、外れた」

   消火器がそこらじゅうに噴射する。

多夏子「ギャー」

   ゆりかがフラフラに走る。

ゆりか「あの、誰かー、誰かいませんか。あっ、助けてください」
男「出たー、おばけー」

   木が燃えている。

多夏子N「消火器まみれのわたしと、ビショビショの美冬と、白塗りでおばけと怖がられたゆりかの三人は、消防車を呼んで、ただただ燃えている木を見守るしかなかった」

吉岡さん「こんな時に言うのもおかしいけど、綺麗ね」
ゆりか「うん」
多夏子「確かに」

   木が燃えている。
   消防車のサイレン。

多夏子N「消防車が来て、火はあっという間に消えた。それから数日後」

   多夏子の派手な着信音の携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。……。えっ、もうそんな時間。わたしお昼、食べてないや。……。あーあ、暇過ぎて死にそう。自宅謹慎っていったい、いつまでなんだろうね。なんかさあ、うちらはしょうがないけど、美冬にまで迷惑かけちゃったよね。……。何やってんだろうね、わたしたち。……。うん、分かった。じゃあね」

多夏子N「わたしたちは無期限の自宅謹慎と言われ、家に閉じこもっていた」

   多夏子の派手な着信音の携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。何よ。うわっ、先生。あの、ご無沙汰してます」

多夏子N「またもや職員室に呼び出されたわたしたちは、こっぴどく怒られた」

多夏子「ごめんなさい」
ゆりか「働いて弁償しますから」
金田「バイトは禁止と、何回言ったら分かるんだ。修理費用の内訳が出た。壁が黒くなって塗り替えなきゃいけないから、ペンキ代五万円。それから……」

多夏子N「紙いっぱいにびっしりと修理代金が書かれていた」

金田「あとは細かい修繕費が三万八千円。合計で百万円」
多夏子「えー、百万円だなんて」
ゆりか「返せないわ、そんな大金」
金田「これは正規の値段だ」
多夏子「どういうこと?」
金田「百万円と言われて、そのまま何の疑いも無く払うなんてバカだ。お金の価値を分かってない。本当にそんな値段がするのかちょっと調べれば本当の値段が分かる。学校指定の業者ではなく、もっと安い業者を探して、ライバル会社の値段を言って、さらに競わせて、先生だったら七十万にするぞ」
多夏子「わたしたちにそんなことできるわけないでしょ」
金田「一番金がかかるのが人件費だ」
多夏子「手伝いたいですけど、自宅謹慎中だから」
金田「謹慎は、もう終わりだ」
多夏子「えっ、いいんですか? 何でそんなに早いの?」
ゆりか「やったー、やっと学校に来れる」
金田「これ見て見ろ」
多夏子「いっぱい名前、書いてるけど」
金田「お前らの自宅謹慎を取り消してほしいという署名だ。読むぞ。藤崎は『二人を許してあげてください。わたしも協力したので、わたしも自宅謹慎にしてください』と書いてる。成瀬は『仲間と力を合わせて、青春って感じがして友達の大切さが分かった』って。最上は『就職のこと考えてたけど、そんなの忘れて、みんなで一つの目標に向かえて嬉しかった』福嶋は……」

多夏子N「クラス全員の署名が集まっていた」

金田「全員、修理を手伝ってくれるそうだ」
多夏子「ほんとに?」
ゆりか「みんなにお礼言わな」
金田「これ、何か分かるか?」
多夏子「何ですか、これ?」
金田「授業、聞いてないな」
ゆりか「これ、簿記の何とかっていうやつ」
金田「貸借対照表」
多夏子「ここで授業ですか?」
金田「修理代、百万円」
ゆりか「ちょっと待って、これ何?」
多夏子「友情、百万円?」
金田「借方と貸方は一緒の金額にしないといけない」
多夏子「どうなってんの?」
金田「さっさと帰れ」
多夏子「どういうことですか」
ゆりか「払わなくていいの?」
金田「計算したらこうなっただけだ。さっさと帰れ」
多夏子「先生ありがとう。でも、お金は誰かが払わないといけないんでしょ。どうするの?」
ゆりか「先生、時計!」
多夏子「ほんとだ、高そうな時計してたはずなのに」
ゆりか「先生、時計、売ったの?」
金田「プレミアが付いて買った時より高くなったから、売っただけだ」
ゆりか「ありがとう」
多夏子「絶対、お金は返しますから」
金田「さっさと帰れ」

多夏子N「わたしたちは、やっと学校に登校できるようになった。でも、美冬はもういない。美冬から学校に手紙が届いていた」

金田「みなさんには、大変お世話になりました。父の仕事で……」
吉岡さんの声「父の仕事で北海道に行く予定でしたが、急遽場所が変更になりまして、わたしは今、京都にいます」

   生徒たちザワザワする。

吉岡さんの声「生で見るお寺は、みんな凄い迫力です。金閣寺も銀閣寺も。他にも素敵なところがいっぱいあります。早く見に来てほしいです。そして、またみなさんに会いたいです」
ゆりか「どうなってんの?」
多夏子「京都って」
吉岡さんの声「あの日の夜、わたしの怖い話が途中までしかお話できなかったので、続きをお話ししたいです。クラスのみんなにも、ぜひ聞いてもらいたい。また京都にもいろんな怖い話がありまして、新しい怖い話も仕入れております。そちらの方も、みなさんに披露させていただきたいです」
ゆりか「怖い怖い」
多夏子「そういう人だったんだね」
吉岡さんの声「また会える日を楽しみにしています。P.S.大文字の映像を見たのですが、ちょっと迫力が足りなかったかな。やっぱり大文字はもっと勢いよく燃えないとね」

   生徒たち笑う。

多夏子N「わたしは先生に立て替えてもらったお金を返そうと、実家を手伝っていた」

多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はニンジンが安いよ。どうですか?」

   金田が早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる。

多夏子「今日はニンジンが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   金田が引き返して、早足で歩いてくる。

金田「昨日は百八十五円、今日は百四十八円か。二割引き、あってる」
友田「なんだい、またあんたか」
多夏子「先生、ごめんなさい。バイトは禁止だって分かってるんです。でも、どうしても働いてお金を返したくて」
友田「なんだよ。バイトじゃないよ。家の手伝いして何が悪いんだ」
金田「前にも言ったけど、家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事とは認めん」
友田「何がぬるいだ、この野郎」
金田「こんなのバイトのうちに入らない」
多夏子「えっ、じゃあ、いいんですか、やっても」
金田「ニンジンもらおうか」
多夏子「はい、ニンジンありがとうございます」
金田「はい、百四十八円」
多夏子「はい、ちょうどですね。お買い上げありがとうございました」
友田「なんだ、今日は小銭か。いつも一万円札なのに、生徒には甘いんだな」
金田「計算の弱い人間はお釣りの金額が多くなると、パニックになって、間違えて多く貰えるかもしれないからね」
友田「バカにしやがって」
金田「いつもより売り上げが増えてるはずだ。その子のおかげなんだから、その分、多く給料を払うんだね」
友田「腹立つなあ。もう来るなよ」
多夏子「お父さん、あとはわたしがやるから、奥で休んどいてよ」
友田「何だよ、こいつの味方か。はいはい、もう勝手にしろ」
多夏子「先生、ごめんなさい」
金田「ちゃんと給料は計算するように」
多夏子「はい」
金田「で、今どれぐらい?」
多夏子「まだほとんど貯まってないです」
金田「はあ? どういうことだ。さぼってるんじゃないだろうな」
多夏子「がんばって働いてます」
金田「借用書、持ってきたから、後で書いてくれ」
多夏子「えっ、利子とか取るの?」
金田「えっ、何で取らないと思った?」
多夏子「分かりました。がんばって返します」
金田「いいか、お金を儲けるには、一分一秒も無駄にしてはいけない」
多夏子「分かってます」
金田「ほら、こうやってる間も、どうやってお客さんを増やすか考えてるか」
多夏子「考えてます」
金田「ああ、その動作が無駄だ。もっと素早く動く」
多夏子「分かったから」
金田「あーあ、ダメだなあ。もう何やってるんだよ、まったく」
多夏子「分かってるってば」
金田「しょうがない、今日は納得するまで教えてやろう」
多夏子「もういい加減にしてよ。うるさい、うるさい、うるさい」
友田「おい、何だ。どうした、多夏子」
多夏子「簿記の先生がうるさーい」
                 おわり
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