脚本の直し05 シナリオコンクール受賞作の脚本の直し1回目

担当者と打ち合わせ。気になるところをお互いに出し、脚本の意図などを確認。この後の直しは電話で打ち合わせ、翌日にメールで修正版を送るの繰り返し。

応募から4か月ぐらい経っていたので、アイデアが貯まっていていろいろ追加。審査員に評判の悪かった告げ口する女生徒を削除。先生が金で困った過去追加。削除したテレビ用の他の部活の生徒たちを復活。最後にタイトルを叫ばせる。


 登場人物
友田多夏子(ともだ たかこ)(17)
高校生。八百屋の娘。行動力がある。不器用。負けず嫌い。簿記の先生とよく喧嘩する。

金田伸司(かねだ しんじ)(36)
簿記の先生。人の話を聞かない。親が貧乏だったため、お金にうるさくなった。

平安ゆりか(へいあん ゆりか)(17)
高校生。京都出身。まとめ役。要領がいい。楽しいことが好きで、調子に乗ると暴走する。

吉岡美冬(よしおか みふゆ)(17)
高校生。親が転勤族。謎の転校生。体が弱く、消極的。マイペース。ホラーが好き過ぎる。

友田勝次(ともだ かつじ)(45)
八百屋・多夏子の父。娘に甘い。計算に弱い。

大岩エミ(おおいわ えみ)(17)
高校生。騒がしい。音楽好き。

寺田まこ(てらだ まこ)(16)
高校生。冷静。観察力がある。

時計屋の店員
スーパーの店員
スーパーの女の客1
スーパーの女の客2


友田「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はキュウリが安いよ。どうですか?」

   早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる足音。

友田「今日はキュウリが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   早足で歩いてくる音。

友田「いらっしゃい」
金田「昨日は二百十円、今日は百七十円。ということは、二割引きではなく一割九部引きでしょ」
友田「なんだよ、またあんたかよ」
金田「二割引きであれば、百六十八円にしないといけない」
友田「そんなのだいたいでいいだろ、誰も気にしてないよ」
金田「あなたが先ほどから、おっしゃってるいつもというのは、いったいいつのことなのでしょうか。もしかして二百十二円五十銭の時があったのでしょうか」
友田「無い無い、そんな値段。買うの買わないの」
金田「いつもの二割引きの百六十八円なら買いましょう」
友田「もう分かったよ。それでいい。はい、キュウリ」
金田「はい、一万円」
友田「何だよ、またかよ。細かいのは無いのかね。そんなにお金あるんなら、たまにはもっと買ったら?」
金田「お釣り」
友田「そうだ、今日は大根も」
金田「お釣り」
友田「分かったよ。はい、お釣り」
金田「123456789、123456789、123456789」
友田「ちゃんと合ってるよ。いちいち何回も確認しないでよ」
金田「九千八百三十二円。今日は計算合ってるな、残念」

   早足で歩いていく音。

友田「やな客だな。毎日、計算ミスを楽しみにしてやがる。一番安いのだけしか買わねえし。嫌がらせか」
多夏子「お父さん」
友田「おう、多夏子、どうした?」
多夏子「あれ、うちの先生だよ」
友田「今、何て言った?」
多夏子「さっきの人、うちの簿記の先生。凄い嫌な奴なの」

   学生が騒いでいる。

金田「はい、友田」
多夏子「えっ」
金田「友田、聞いてなかったのか」
多夏子「すいません」
金田「ちゃんと授業聞いとかないとダメだぞ。お金の計算間違えると客の信用、失うぞ」
多夏子「はい」
金田「お前んちの八百屋は、よくお釣り間違えてるからな」

   生徒たち笑う。

金田「お前は八百屋になるからいいけど、他の奴は就職して、事務や経理になったら簿記が必要になるかもしれないんだぞ、他の人の邪魔するな」
多夏子「すいません」
金田「この問題は借方と貸方は同じ金額になると分かれば簡単だ。借方が五十万円の場合、貸方も五十万円だ。では、次に借方が」

   学校のチャイムの音。

金田「時間だ。はい、今日はここまで」

   ドアが開く。
   早足で歩いていく音。

多夏子「むかつくなあ。一秒も無駄な時間使いたくないんだな」
ゆりか「徹底してるね、授業の途中でも関係ないもんな」
多夏子「ほんと嫌い。どうでもいいわ、あんな奴。そんなことより、修学旅行のことなんだけど」
ゆりか「どこ行くか? 金閣寺も銀閣寺も当然行かなあかんし、そこまで行ったら、ついでに清水寺も行かんとな」
多夏子「寺ばっかり」
ゆりか「でも、清水寺は外されへんわ」
多夏子「そうかな」
ゆりか「清水の舞台知ってるやろ」
多夏子「ああ」
ゆりか「あの舞台で下見てるときに、やめてよ、もう。押さんといてよ。落ちる落ちるとかやりたいやん」
多夏子「何それ、楽しそう」
ゆりか「そやろ、そやろ。京都出身のわたしに任せといたらええねん」
多夏子「自由行動でそんなに回れるかな」
ゆりか「大丈夫、わたし、裏道知ってるから任せなさい」
多夏子「ねえねえ、吉岡さん」
吉岡さん「あっ、わたし?」
多夏子「吉岡さんはどこ行きたい?」
吉岡さん「えっ」
多夏子「修学旅行」
吉岡さん「あの……わたし」
多夏子「えっ、もしかして修学旅行も休んじゃうの?」
吉岡さん「行くよ」
多夏子「良かった。初めてよね、学校の行事に参加するの」
吉岡さん「ごめんなさい。わたし、すぐ体調悪くなっちゃうから」
多夏子「大丈夫、大丈夫」
吉岡さん「大文字」
多夏子「大丈夫?」
吉岡さん「あの、行きたいところ。大文字」
ゆりか「大文字か」
多夏子「何、それ?」
ゆりか「山に火つけて、燃やすんや。それが遠くから見たら、漢字の大きいって文字に見えるやつやん」
多夏子「おお、なんか有名なやつ。それ見に行こう」
ゆりか「ごめん。大文字はお盆の時期しかやってないねん」
多夏子「ええ、そうなの」
吉岡さん「そうなんだ。見たかったなあ」
多夏子「そうだ、今日さあ。三人でパジャマ買いに行こう」
ゆりか「ええなあ、お揃いのかわいいの買おうや」
多夏子「吉岡さんも」
吉岡さん「いいの?」
多夏子「当たり前でしょ、同じ班なんだから一緒に寝るのよ」
ゆりか「夜は枕投げして、怖い話して寝かさへんからな」
多夏子「やめてよ」
吉岡さん「楽しみ」
ゆりか「もしかして、怖い話いっぱい知ってんの?」
吉岡さん「うちの親、転勤が多くて、子供の頃から引っ越してばっかりだから、全国各地の怖い話はだいたい知ってて」
多夏子「こわっ」
ゆりか「よっしゃ、吉岡さんの怪談ナイト開催決定や」
多夏子「やっぱり、うちらの班は最強チームやな」
ゆりか「京都のことなら何でも知ってるわたしがいるからな。ガイド料、貰わなあかんわ。先生からも貰おう」
多夏子「あいつ、けっこういいスーツ着てるし、金持ちっぽいよね」
ゆりか「前から気になっててんけど、毎月、ちょっとずつ豪華になってへん?」
多夏子「給料日のたびに自分へのご褒美って感じで買ってるのかな」
ゆりか「ここ数か月はあんまり高いもん付けてなかったから、そろそろドーンと高いもん買いそう」
多夏子「まさかお金に細かい簿記の先生がそんなことしないわ」

   車がとまる音。
   早足で歩いてくる音。

店員「いらっしゃいませ、どんな時計をお探しですか?」
金田「いいのある?」
店員「こちらなんて、いかがでしょうか」
金田「いいねえ」
店員「はめてみますか?」
金田「はい」
店員「どうですか、はめてみた感じは?」
金田「なるほど」
店員「お似合いですよ」
金田「……そうだなあ」
店員「あのー」
金田「いくら?」
店員「はい、お値段はこちらに」
金田「百万円以上するのか」
店員「いかがでしょうか」
金田「……うーん」
店員「新作ですので、まだ付けてる方も限られますし」
金田「新作か」
店員「はい、発売されたばかりで」
金田「新作ということを考慮すれば、この値段は妥当か」
店員「そうなんです。なかなか手に入り辛くなっておりまして」
金田「……うーん」
店員「それに限定品ですので、ナンバリングされてまして、当店では最後の一本なんです」
金田「気に入らなくて売ったとしても、限定品でプレミアがついて、逆に儲かることも考えられる」
店員「そうなんですよ。財産としても価値があります」
金田「じゃあ、これで」
店員「ありがとうございます。お支払はカードですか」
金田「いや、現金で払う」
店員「ありがとうございます」
金田「カードで支払いを先延ばしにするなんてありえない。分割払いなんて、もっと意味が分からない。なんで同じ物をわざわざ高い値段を払って買うのか」
店員「現金を持ち歩くのも物騒ですし、ポイントも付きますから、最近はカードでお支払いをする人が多いですね」
金田「ポイントが付くとか言われても、ポイントに見合った商品なんて交換できたことがない。その分を値引きしてくれた方がいい」
店員「はい、そうですね。おっしゃる通りでございます」
金田「ほんとに良い時計だ。良い買い物をした」
店員「価値を分かる人に買ってもらえて嬉しいです」
金田「価値のない物に金をかけるのはバカだから」

   スーパー。

多夏子の声「わたしたち三人は、約束通り学校の帰りにパジャマを買いに来た」

店員「ただ今より、タイムセールを行います」
ゆりか「よっしゃ、来たでタイムセール。多夏子、行くよ」
多夏子「おう」
ゆりか「吉岡さんも遠慮したあかんで」
吉岡さん「うん」

   走る音。

ゆりか「吉岡さん、それ、かわいいやん」
吉岡さん「ありがとう」
ゆりか「多夏子はまだ悩んでんの? もう、はよしてよ、ずっと待ってんねんで。吉岡さんも暇やんなあ」
吉岡さん「うん」
多夏子「欲しいのはこっち。でも、こっちの方が安いしなあ。この値段の差は大きいなあ」
吉岡さん「お金貸そうか」
多夏子「お金を借りてまでは欲しいと思ってないから」
ゆりか「なんなんそれ。分かった、わたしに任せて。ちょっと店員さん」
店員「はい、お呼びでしょうか」
ゆりか「これ、ちょっと安なれへんかな」
店員「こちらはセール中の商品でして」
ゆりか「それは分かってる。三つも買うねんで」
店員「はあ」
ゆりか「気持ちだけ、安なれへんかな」
店員「そう言われましても」
多夏子「わたしが買わなかったら二つ分の利益にしかならないよ。値引きしたら一つ当たりの利益は減るけど、三つ合計したら、お店の利益は高くなるんじゃないの」
ゆりか「なんか先生に似てきたなあ」
多夏子「辞めてよ、もう」
ゆりか「ははは」
店員「いやー、ほんとうに、セール中の商品なので、これ以上の値引きは」
ゆりか「吉岡さん、こっち来て。この子なんて病弱やから、学校行事にずっと参加できへんかってんで。それがやっと参加できるようになって」
吉岡さん「ゴホッ、ゴホッ、ううっ」
多夏子「大丈夫? ここで死んで化けて出るとかやめてよ」
ゆりか「パジャマ買えなくても、店員さんを恨んだらあかんで」
店員「分かりましたよ。ちょっとだけ安くしますから」
ゆりか「よっしゃー!」
吉岡さん「ふふふ」
多夏子「吉岡さん、今、笑った?」
吉岡さん「ううん」
ゆりか「わたしも見たよ、笑ってた」
吉岡さん「ふふふ」
多夏子「ほら、やっぱり笑ってる」
ゆりか「もう修学旅行まで待ってられへん。もう今日着よう。パジャマパーティーしようや」
多夏子「修学旅行のために買ったんでしょ」
吉岡さん「わたし、こんなの初めて、ありがとう」
多夏子「何言ってんのよ、友達でしょ」
吉岡さん「うん」

多夏子の声「吉岡さんのあんなに嬉しそうな顔、初めて見た。だけど、次の日、吉岡さんは学校に来なかった」

   電話のコール音。
   出る音。

多夏子「あ、吉岡さん」
ゆりか「出た?」
多夏子「昨日はごめんね、遅くまでつきあわせちゃって」
ゆりか「風邪ひいたんかいな?」
多夏子「引っ越し?」
ゆりか「何々?」
多夏子「えっ、どういうこと?」
ゆりか「どうしたん?」
多夏子「北海道? えっ。……。修学旅行は? ……。そう、分かった」

   電話を切る。

ゆりか「どういうこと?」
多夏子「親の転勤で、来週には北海道に引っ越すって」
ゆりか「そんなん急すぎるやろ」
多夏子「無茶苦茶だわ」
ゆりか「もう学校来られへんの?」
多夏子「たぶん」
ゆりか「引っ越しの準備とかあるもんな」
多夏子「泣いてた」
ゆりか「行きたくないんや」
多夏子「本人が一番、悔しいし」
ゆりか「あんなに嬉しそうな顔、見たことなかったからなあ」
多夏子「何とかしなきゃ」
ゆりか「どうすんの?」
多夏子「とにかく、吉岡さんと一緒に京都に行くって約束したから」
ゆりか「そうやな」
多夏子「吉岡さんが引っ越す前に、三人で京都に行こう」
ゆりか「そうやな。とにかく、お金が必要や」
多夏子「とりあえず、みんなに協力してもらおう」

多夏子の声「わたしたちは吉岡さんと京都へ行くために、クラスのみんなから、カンパしてもらった」

ゆりか「いくらになった?」
多夏子「四千八百三十六円」
ゆりか「一人も京都に行かれへんな」
多夏子「深夜バスなら一人ぐらいは」
ゆりか「一人で行ってどうすんのよ」
多夏子「全然足りんな」
ゆりか「しゃあないわ、うちの学校バイト禁止やし。集まったほうやで」
多夏子「貯金ないの?」
ゆりか「修学旅行に行くからテンション上がってもうて、めっちゃ買い物して、お小遣い無くなってもうたし」
多夏子「どうしよっか」
ゆりか「他のクラスにも、ダメ元で行ってみるか」
多夏子「そうしよっか。やれることやってみよう」

   放送が鳴る。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子の声「職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

金田「どうやって返すつもりだ? どんな契約になってるんだ? 年利、何パーセントで貸してもらったんだ? そもそも、借用書はかわしてるのか?」
多夏子「そんな難しいことは」
金田「お金を借りるっていうのは、そういうことだ。何も考えてないなら、全額、払った人に返しなさい」
多夏子「すみませんでした」
ゆりか「ごめんなさい」
金田「旅行に行きたいなら、親にお金を出してもらいなさい」
多夏子「うち八百屋だし、貧乏だから、そんなお金無いです」
ゆりか「うちの親は関西人やし、お金にはシビアやから」
金田「分かった。もう帰りなさい」
多夏子「あの、先生」
金田「ん?」
多夏子「お願いします。吉岡さんと一緒に京都へ行きたいんです」
ゆりか「もう二度と会えないかもしれないんです」
多夏子「これが最後のチャンスなんです」
ゆりか「来週には北海道に行ってしまうんです」
金田「なんだ?」
多夏子「ほんのちょっと京都への旅費を貸していただければ」
ゆりか「たった三人分の旅費だけ貸していただけないでしょうか」
金田「お金を出せって言うのか」
多夏子「先生はとてもお金持ちと聞いております」
金田「誰がそんなことを」
ゆりか「高そうな時計してるもんね」
金田「あっ、これは違うんだ」
多夏子「うわっ、新品」
ゆりか「最近、買ったでしょ」
金田「関係ないだろ」
ゆりか「それいくらですか? 何百万もするんちゃいますか?」
多夏子「お金は必ず返しますから」
金田「自分の力で稼いだことのない人間は、すぐに誰かに頼れば、お金を貸してくれると思っている」
多夏子「わたし実家の手伝いでお金稼いだことあります」
金田「実家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事のうちに入らん。自分たちで何とかしなさい」
多夏子「分かりました。もう先生には頼みません」
ゆりか「ケチ」
金田「さっさと帰れ」

   ドアが開く音。
   歩く音。

多夏子「難しいことばっかり、言いやがって。ほんとにむかつく」
ゆりか「でも、言ってることは正しいからなあ」
保険の先生「ちょっと、あなたたち」
多夏子「あっ、保険の先生」
保険の先生「さっきの放送、何? また何かやらかして、怒られたんでしょ」
多夏子「違うの、屁理屈ばっかり言われて、わたし嫌われてるんだ」
保険の先生「違うと思うなあ。あなたたちのこと、心配なのよ」
ゆりか「そうかなあ」
保険の先生「金田先生は子供の頃に借金で苦労したから、お金の勉強して、簿記の先生になったのよ。あなたたちにも、お金で苦労してほしくないのよ」
多夏子「そんなの知らない。わたし、関係ないから」

   歩いていく音。

ゆりか「どうしょっか?」
多夏子「自分たちで何とかしなさいって言ってたよね。自分で稼ぐしかないよ。バイトしよう!」

   スーパー。

多夏子の声「わたしたちは、スーパーでバイトすることにした」

多夏子「安いよ安いよ、今日は特別大謝恩記念セール。二割引き三割引き当たり前の赤字覚悟のセールだよ」
ゆりか「ちょっとそこのお姉さん、そうそこの綺麗なお姉さん」
女の客「わたし?」
ゆりか「これなんてピッタリと思うけど、服が着られたがってる」
女の客「そうかなあ」
多夏子「わたし服の声を聴ける特殊能力がありまして、えっ、何々、美人に着てもらいたいって」
女の客「それ、いただこうかしら」

多夏子の声「わたしたちの話術で商品は飛ぶように売れた」

店員「おつかれ」
多夏子「おつかれさまです」
店員「いやー、あの商品、売れなくて困ってたんだよ。ありがとう」
ゆりか「うちらの手にかかれば、こんなもんやから」
店員「はい、バイト代」
多夏子「ありがとうございます。えっ、こんなに貰えるの?」
店員「完売ボーナス。ところでさあ、社員にならないかな」
ゆりか「いやー、困ります。わたしたち学生ですから」
多夏子「そうそう、京都までの三人分の旅費稼いだら辞めます」
ゆりか「このペースやったら、一週間もあったら貯まるし。夜中の高速バスの貧乏旅行やけど」
店員「もっと稼いで新幹線で高級ホテルに泊まりなよ」
多夏子「どうしても来週までに、京都に行かないと行けないんです」
店員「残念だなあ」
ゆりか「わたしが社長になっていいんなら、働いてもいいけどね、ハハハ」

   放送が鳴る。

金田「えー、生徒の呼び出しをします。友田多夏子と平安ゆりかの二名は至急、職員室に来なさい」

多夏子の声「再び、職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

多夏子「何でですか」
金田「バイトは禁止」
ゆりか「お願いします。お金が貯まるまで」
金田「バイトは禁止」
多夏子「あとちょっとだけ、待ってもらえませんか」
金田「ダメだ。すぐにお金で解決しようとするのは君たちの悪い癖だ」
多夏子「そんなあ」
金田「お金よりも大事なことがある」
多夏子「何ですか、それは」
金田「努力とか友情かな」
多夏子「きれいごとは辞めてください。青春ドラマじゃないんだから。そんなので京都に行けません」
金田「先生は明後日、京都に行くぞ」
ゆりか「なんで?」
金田「修学旅行の下見だ。職員の研修旅行も兼ねてるから、先生たちみんなで行ってくる」
ゆりか「ずるい」
金田「そうだ、パンフレットあるから、やるよ。それ見て行った気になればいい」
ゆりか「わたし、京都詳しいから、そんなの要りません」
金田「この寺の写真とか切り取って貼っとけば、京都気分でも味わえるだろ」
多夏子「もういい、行こう」
ゆりか「ちょっと待って、多夏子」

   ドアが開く音。
   歩く音。

ゆりか「どうする? もう無理だよ。どっか近場で日帰り旅行しよっか」
多夏子「京都じゃなきゃダメ。絶対、京都に行くの。あんなに京都に行きたがってたじゃない」
ゆりか「でもなあ」
多夏子「ちょっと待って。明後日、学校に先生たちいないんだよね」
ゆりか「でも学校休みよ」
多夏子「そう学校に誰もいない」
ゆりか「何? なんか思いついた?」
多夏子「京都に行けないんだったら、学校を京都にしよう」
ゆりか「どうやって」
多夏子「学校を京都のように飾りつけして、京都気分を味あわせてあげるのよ」
ゆりか「そんなことできるの?」
多夏子「分からない」
ゆりか「ええっ」
多夏子「でも、やるしかないでしょ!」

   電話のコール音。
   出る音。

多夏子「吉岡さん。明後日の夜に学校に来てほしいの。……。うん、そう。……。絶対だよ。あっ、パジャマも忘れないでね」

   電話を切る。

ゆりか「大丈夫だった?」
多夏子「うん、吉岡さん、来てくれるって」
ゆりか「じゃあ、わたしたちもがんばろう」

多夏子の声「わたしたちは学校にあるいろんな部活や同好会に協力してもらうことにした。お金は無いけれど、できるだけ自分たちの力でやりたかったから」

   ドアをノックする。

多夏子「あのー、ここは映画研究会でしょうか?」
映画研究会の女「そうだけど」
多夏子「映画、見れるの?」
映画研究会の女「見れるよ」
多夏子「うわー、凄いなあ。こんな映像見たことないわ」
映画研究会の女「もっと凄いのあるよ」

   演奏している。

ゆりか「ちょっとちょっと、良い音、鳴ってるから来てみたら、うちの学生が演奏してたのか。聴いてていいかな」
軽音楽部の女「い、いいけど」
ゆりか「いやー、素晴らしい。ちょっと教えてくれるかな、わたしも演奏できるようになりたいなあ」
軽音楽部の女「やってみる?」

   ドアをノックする。

多夏子「さすが美術部。みんな上手いなあ」
美術部の女「いやー、それほどでも」
多夏子「凄い、こんなところに天才がいたなんて」
美術部の女「いやいやあ」
多夏子「ちょっと、わたしにも絵の描き方、教えて欲しいんだけど」
美術部の女「いいよ」

   ドアをノックする。

ゆりか「いい香りに誘われて来てみたら、ここが噂の料理部ですか。ちょっと味見していい?」
料理部の女「ちょっと、何?」
ゆりか「うまい。うまいなあ。わたしも料理できるように、修行させてください」
料理部の女「うん」

   ドアを閉める音。

ゆりか「どうだった?」
多夏子「成功成功。用務員さん、休みの日に学校こっそり開けてくれるって。よく分からないけど、妙に聞き訳が良かった。何だったんだろ」
ゆりか「よし、これで準備は整ったね」
多夏子「時間は無いけど、とにかくがんばろう」

多夏子の声「わたしたちは学校に京都を再現するために必死にがんばった。そして、当日。吉岡さんが夜の学校に来た」

多夏子「ごめんね。引っ越しで忙しいのに呼び出して。大丈夫?」
吉岡さん「うん」

   ドアが開く音。
   ゆっくり歩く音。

吉岡さん「夜の教室って怖いね」
多夏子「大丈夫、誰もいない」
多夏子「しーっ」
吉岡さん「なんか怖い」
多夏子「ギヤー!」
ゆりか「しーっ、しーっ」
吉岡さん「ビックリしたあ」
ゆりか「わたしよ、わたし」
多夏子「脅かさないでよ。なんで顔、真っ白に塗ってんのよ。肝試しじゃないんだから」
ゆりか「えっ、これ、何か分からない?」
吉岡さん「舞妓さん」
ゆりか「そう、ここは京都どすえ」
吉岡さん「あれ、何?」
多夏子「金閣寺、わたしが描いたの」
吉岡さん「へー、個性的なお寺だね」

多夏子の声「模造紙に描いた京都のお寺っぽい絵が壁に貼ってあった」

ゆりか「じゃあ、ここで休んでいきよし。そこのベンチに座って」
多夏子「座ろう」
吉岡さん「うん」

   京都風の音楽が緩やかな音楽が流れるが、かなり下手。

多夏子「何これ?」
ゆりか「あー、ちょっと下手だけど。まあ雰囲気だから。そんなことより、京都名物の八橋、お食べ」
多夏子「何、これ。ベタベタしてるけど、大丈夫?」
ゆりか「どう、おいしい?」
吉岡さん「うん、不思議な味。こういう食べ物なんだね。わたし初めて食べた」
ゆりか「じゃあ、わたし踊ろっかな」
多夏子「何それ、変な踊り。吉岡さん、どう思う?」
吉岡さん「嬉しい。ありがとう」

   笑う三人。

多夏子「お腹いっぱい」
ゆりか「今日はここで寝るから」
多夏子「パジャマ持ってきた?」
吉岡さん「うん」
ゆりか「着替えよっか」

多夏子の声「わたしたちはパジャマに着替えて、はしゃぎまくった」

多夏子「まだ寝るには早いよ。今日のメインはこれからだ」
ゆりか「吉岡さん、これ付けて」
吉岡さん「何、これ? 3Dメガネ?」
多夏子「そうよ、よく見ててね」

   ボタンを押す。
   映写機が回る。

吉岡さん「うわっ、これ清水寺だ」
多夏子「飛び出して見えるでしょ」
吉岡さん「うん、凄い。実際に清水寺にいるみたい」
ゆりか「ここからが本番やで、清水の舞台」
吉岡さん「きゃっ、高い。押さないで。落ちる」
多夏子「ほらほら」
吉岡さん「落ちる落ちる」

   笑う三人。

ゆりか「はい、清水寺、終了です」
吉岡さん「ああ、楽しかった」
ゆりか「あれっ、運動場に何かあるで」
吉岡さん「何、あれ?」
ゆりか「窓開けて、見てみ」

   窓を開ける音。

多夏子の声「運動場には、クリスマスツリーのように木に電飾がつるしてあり、光っていた」

ゆりか「よう見て。あれ何かの文字に見えへん?」
吉岡さん「大文字、大文字だ」
ゆりか「そうよ、大文字。でっかいやろ」
吉岡さん「きれい」
多夏子「凄いね」
ゆりか「ほんまもんは、もっと凄いねんで」

   風の音。

吉岡さん「ハクション」
多夏子「寒いな。もう寝よっか」
吉岡さん「うん」
多夏子「誰や、先にパジャマになろうなんて言うたのは?」
ゆりか「だって面白いやん」

   窓を閉める音。

多夏子の声「わたしたちは寒くなって布団に入った。その頃、運動場の電飾は風のせいでコードが切れて、大変なことになっていたのに」

   バチバチと火花が散る音。

吉岡さん「それでね。その扉を開けようとするとね」
多夏子「辞めてよ、もう怖い」
ゆりか「あーあーあー」
吉岡さん「なんか誰もいないのに。足音が聞こえるの」
多夏子「怖い」
ゆりか「本物や。やばい、マジなやつや」
吉岡さん「ペタッ、ペタッ。その足音がどんどん迫ってきて振り返ると、そこには」
多夏子「ギャー」
ゆりか「辞めて、辞めて」
吉岡さん「ふふふ」
多夏子「何なの、何が面白いの」
ゆりか「怖がらせんといてよ」
吉岡さん「怖がり過ぎ」
多夏子「まさか吉岡さんがこんなに怖い話、持ってるなんて」
ゆりか「もう嫌や、寝られへん」
吉岡さん「まだまだいっぱい怖い話、知ってるよ。あーあ、もっと早く仲良くなってたら、いっぱい話せたのになあ」
多夏子「吉岡さん」
ゆりか「何、言うてんの。もう、急にそんなこと言わんといてよ。もうアホやなあ。ううっ(泣く)」
多夏子「ちょっと、ゆりか。何、泣いてるの?」
吉岡さん「わたしのせいなの。わたしが人見知りじゃなかったら、もっと早く。みんなと仲良くなれたのに。ううっ(泣く)」
多夏子「ちょっと吉岡さんまで泣かないでよ。みんな泣いちゃったらわたしまで。ううっ(泣く)」
吉岡さん「うわーん(泣く)」
多夏子「えーん(泣く)」
ゆりか「うぇーん(泣く)」
吉岡さん「ううっ、今日は本当にありがとう」
多夏子「何、言ってるのよ」
ゆりか「わたしたちも楽しかったし」
吉岡さん「修学旅行には行けなかったけど、今日はそれ以上の思い出になった。だから、ありがとう」
多夏子「どういたしまして」
ゆりか「いいよ、もう。今日は朝まで語り明かそうぜ」
吉岡さん「あれっ、外が明るい」
多夏子「何? 吉岡さん、どこ行くの?」
吉岡さん「見て、あれ」
多夏子「何?」
ゆりか「大変や!」

多夏子の声「運動場の電飾から火が出て、それが木に移って、勢いよく燃えていた」

ゆりか「やばい、わたし用務員さん呼んでくる」

   走る音。

ゆりか「火事よ、火事。用務員さん、ちょっと開けて」
用務員「ギャー、白塗りのおばけー」

   燃えている音。

多夏子「水、水、水。あった、ホース。わたしが水かけるから、吉岡さんは合図したら蛇口ひねって」
吉岡さん「うん、分かった」
多夏子「吉岡さん」
吉岡さん「はい」

   水が出る音。
   燃えている音。
   走る音。

ゆりか「用務員さん、連れてきたよ」

   消火器をかける音。

多夏子の声「用務員さんは消火器を撒いたけど、火の勢いは止まらなかった」

   燃えている音。
   消防車の音。

多夏子の声「次の日、木は真っ黒に焦げていた。校舎の壁も煙で黒くなって、その周りに立ち入り禁止の柵がしてあって。結構な事件になった」

   携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。……。えっ、もうそんな時間。わたしお昼、食べてないや。……。あーあ、暇過ぎて死にそう。自宅謹慎っていったい、いつまでなんだろう。なんかさあ、うちらはしょうがないけど、吉岡さんにまで迷惑かけちゃったよね。……。なにやってんだろうね、わたしたち。……。うん、分かった。じゃあね」

多夏子の声「わたしたちは無期限の自宅謹慎と言われ、家に閉じこもっていた」

   携帯電話が鳴る。

多夏子「もしもし、ゆりか。何よ、さっき電話したばっかりなのに。……。うわっ、先生。あの、ご無沙汰してます」

多夏子の声「またもや職員室に呼び出されたわたしたちはこっぴどく怒られた」

多夏子「ごめんなさい」
ゆりか「あの木は働いて弁償しますから」
金田「バイトは禁止と、何回言ったら分かるんだ。これ、何か分かるか?」
多夏子「何ですか、これ?」
金田「授業、聞いてないからなあ」
ゆりか「あ、これっ、簿記の何とかっていうやつ」
金田「貸借対照表」
多夏子「ここで授業ですか?」
金田「あの木は植え替えなきゃいけない。植樹代十万円」
多夏子「ちょっと燃えただけなのに、そんなにするの?」
ゆりか「高い」
金田「壁が黒くなって塗り替えなきゃいけないから、ペンキ代五万円。それから……」

多夏子の声「先生は簿記の授業で使う紙にいっぱい弁償代を書いていた」

金田「あとは細かい修繕費が三万八千円。合計で百万円」
多夏子「えー、百万円だなんて」
ゆりか「返せないわ、そんな大金」
金田「これは正規の値段だ」
多夏子「どういうこと?」
ゆりか「よう、分からんわ」
金田「百万円と言われて、そのまま何の疑いも無く払うなんてバカだ。お金の価値を分かってない。本当にそんな値段がするのかちょっと調べれば本当の値段が分かる。学校指定の業者ではなく、もっと安い業者を探して、ライバル会社の値段を言って、さらに競わせた。そして、これがその値段だ」
多夏子「七十万」
ゆりか「そんなに違うの」
金田「業者に頼んだときに、一番金がかかるのが人件費だ」
多夏子「わたしたち手伝います」
ゆりか「そう、そうや」
金田「お前ら二人ぐらいで何の役に立つと思ってるんだ」
多夏子「でも、何にもしないよりは」
ゆりか「業者のおっちゃんのために、肩もみでもするか。どうせ自宅謹慎で一日中、暇やし」
金田「自宅謹慎は、もう終わりだ」
多夏子「やったー、やっと学校に来れる」
ゆりか「意外と速かったなあ。あんな事件起こしたのに」
金田「これ見て見ろ」
多夏子「何、これ?」
ゆりか「いっぱい名前、書いてるけど」
金田「署名だ」
多夏子「あれっ、この名前、知ってる」
ゆりか「この前、協力してくれた部活の人たちやん」
金田「お前らの自宅謹慎を取り消してほしいという署名だ」
多夏子「ええー」
ゆりか「何で?」
金田「うちの学校の部活なんて、有名でも何でもない。大会でも負けっぱなしで、何の目的も無い集まりでしかなかった」
多夏子「実力はないわね」
ゆりか「暇そうやったねえ」
金田「みんな、自分たちの活動が、誰かの役に立てたことが嬉しかったって。お前ら、自分の力でやるって言って、必死に頑張ったそうじゃないか。みんな褒めてたぞ。何の才能ないのに、あそこまで一生懸命にやってる姿を見たら、応援したくなったって」
多夏子「それは褒めてるのかな」
ゆりか「ほんまに大変やったわ」
金田「とにかく、修理を手伝ってくれるそうだ」
多夏子「ほんとに?」
ゆりか「何か凄いことになってる」
金田「人件費が減ったのが、これだ」
多夏子「おおー、五十万になってる」
ゆりか「半額や」
金田「職人がやらないといけない作業とか材料費は、どうしょうもないからな。これ以上は安くならない」
多夏子「ちょっと待って、これ何?」
ゆりか「友情五十万円?」
金田「借方が弁償代合計五十万円。貸方の方は友情合計五十万円」
多夏子「ん?」
ゆりか「どうなってんの?」
金田「お前ら授業ちゃんと聞いてたか。借方と貸方は同じ金額になる。合計で0円になるんだ」
多夏子「どういうことですか」
ゆりか「払わなくていいの?」
金田「お前らの友達を思う気持ちに値段は付けられない。五十万円の価値は十分にある」
多夏子「先生ありがとう。でも、お金は誰かが払わないといけないんでしょ。どうするの?」
ゆりか「先生、時計!」
多夏子「ほんとだ、高そうな時計してたはずなのに」
ゆりか「先生、時計売ったの?」
金田「あれは限定品でプレミアが付いたから、売って儲けただけだ」
ゆりか「ありがとう」
多夏子「絶対、お金は返しますから」
金田「要件はそれだけだ。さっさと帰れ」

多夏子の声「わたしたちはやっと学校に登校できるようになった。でも、吉岡さんはもういない。吉岡さんから学校に手紙が届いていた」

金田「みなさんには、大変お世話になりました。父の仕事で……」
吉岡さんの声「父の仕事で北海道に行く予定でしたが、急遽場所が変更になりまして、わたしは今、京都にいます」
ゆりか「えー」
多夏子「うそ」
吉岡さんの声「生で見るお寺は、みんな凄い迫力です。金閣寺も銀閣寺も。他にも素敵なところがいっぱいあります。早く見に来てほしいです。そして、またみなさんに会いたいです」
ゆりか「どうなってんの?」
多夏子「京都って」
吉岡さんの声「あの日の夜、わたしの怖い話が、途中までしかお話できなかったので、続きをお話ししたいです。クラスのみんなにも、ぜひ聞いてもらいたい。また京都にもいろんな怖い話がありまして、新しい怖い話も仕入れております。そちらの方も、みなさんに披露させていただきたいです」
ゆりか「怖い怖い」
多夏子「そういう人だったんだね」
吉岡さんの声「また会える日を楽しみにしています。P.S.大文字の映像を見たのですが、ちょっと迫力が足りなかったかな。やっぱり大文字はもっと勢いよく燃えないとね」

   笑い声。

多夏子の声「わたしは先生に立て替えてもらったお金を返そうと、放課後は八百屋を手伝っていた」

多夏子「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はニンジンが安いよ。どうですか?」

   早足で歩いてきて、そのまま通り過ぎる足音。

多夏子「今日はニンジンが安いよ、いつもの二割引きだよ」

   早足で歩いてくる音。

多夏子「あっ、先生」
金田「昨日は百八十五円、今日は百四十八円か。二割引き、あってる」
友田「なんだい、またあんたか」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい。バイトは禁止だって分かってるんです。でも、どうしても働いてお金を返したくて」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい」
友田「なんだよ。バイトじゃないよ。家の手伝いして何が悪いんだ」
金田「バイトは禁止」
多夏子「ごめんなさい」
金田「前にも言ったけど、家の手伝いなんてぬるい仕事は仕事とは認めん」
友田「何がぬるいだ、この野郎」
金田「こんなのバイトのうちに入らない」
多夏子「えっ、じゃあ、いいんですか、やっても」
金田「ニンジンもらおうか」
多夏子「はい、ニンジンありがとうございます」
金田「はい、百四十八円」
多夏子「はい、ちょうどですね。お買い上げありがとうございました」
友田「なんだ、今日は小銭か。いつも一万円札なのに、生徒には甘いんだな」
金田「計算の弱い人間はお釣りの金額が多くなると、パニックになって、間違えて多く貰えるからね」
友田「バカにしやがって」
金田「確認しなさい。いつもより売り上げが増えてるはずだ。その子のおかげなんだから、その分、多く給料を払うんだね」
友田「むかつくなあ。もう来るなよ」
多夏子「お父さん、あとはわたしがやるから、奥で休んどいてよ」
友田「何だよ、こいつの味方か。はいはい、もう勝手にしろ」
多夏子「先生、ごめんなさい」
金田「ちゃんと給料は計算するように」
多夏子「はい」
金田「で、今どれぐらい?」
多夏子「まだほとんど貯まってないです」
金田「はあ? どういうことだ。さぼってるんじゃないだろうな」
多夏子「がんばって働いてます」
金田「借用書、持ってきたから、後で書いてくれ」
多夏子「えっ、利子とか取るの?」
金田「当たり前だ」
多夏子「分かった、がんばって返すから」
金田「いいか、お金を儲けるには、一分一秒も無駄にしてはいけない。ほら、こうやってる間も、どうやってお客さんを増やすか考えてるか。ああ、その動作が無駄だ。もっと素早く動く。あーあ、ダメだなあ。もう何やってるんだよ、まったく。今日は納得するまで教えてやろう」
多夏子「もういい加減にしてよ。うるさい、うるさい、うるさい」
友田「おい、何だ。どうした、多夏子」
多夏子「簿記の先生がうるさーい」
                 おわり
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